明日への扉

□13話
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ーーカランカランー

いつもはまだ鍵がかかっているポアロの入り口。
ダメ元でノブを捻ると今日は珍しく開いていて、ドアベルが小気味良い音を立てる。
梓さんに頼まれ、やってきたポアロのアルバイト。いつも頼まれた時間よりも1時間早く来る。
誰かいれば開店準備をするつもりだが、誰も居なければ、鍵を持ち合わせていない私は、上の毛利探偵事務所に顔を出しに行くのだ。

誰だろう?
疑問よりも先に目に飛び込んできた金髪に小麦色の肌の男性が、不思議そうにこちらを見ていた。

「すみません。まだお店は準備中ですよ」

私は、予想していなかった人物の存在に呆気にとられながらも、その男性が発した言葉に返事をする。

『おはようございます。私は〇〇ヒロインといいます。
梓さんに頼まれて、今日はアルバイトに…』

「これは、失礼しました。あなたがヒロインさんでしたか。
はじめまして。僕もここでバイトをしている安室透といいます」

柔らかな人当たりの良さそうな笑みでそう言う安室さんに、私は笑みを返し、はじめましてとぺこりと頭を下げて笑みを向ける。

「早いですね。梓さんに聞いていた時間よりも1時間も早いから、営業時間を知らなかったお客さんかと思いました」

『いつも頼まれた時間より1時間くらい前に来るんです。
上の毛利探偵事務所の娘さんと幼なじみで。梓さんがまだ来ていなければ、そちらに顔を出しに行くんです。私、鍵は持っていないので』

私の話しに少し驚いたような顔を見せた男性は口を開いた。

「蘭さんと幼なじみなんですか。
僕は最近、毛利先生の弟子にしてもらったんですよ」

なんて言うから、こんどはこちらがいろんな意味で驚く番だ。

『おじさんの弟子!?』

動揺をそのままに声を張り上げてしまった口元を押さえ、考える。

あのおじさんに、弟子!?
最近はよくテレビにも出るほどの活躍ぶりだが、おじさんの弟子って…。
実は推理しているのはコナン君という事実を知っているだけに、ボロが出ていないか心配になる。

…コナン君、目立ちすぎなんじゃ…


『そうなんですか。
おじさん共々よろしくおねがいします』

と存分に引きつっているであろう笑顔で言えば、こちらの心情など知る由もない安室さんは、こちらこそと爽やかな笑みを返してくれたことに、安堵のため息が溢れた。

『ところで、安室さんは今、何をされていたのですか?』

安室さんが済ませた業務を確認し、その後私達はたあいない話しをしながら開店準備に取り掛かった。


ーーカランカランー

「『梓さん!おはようございます!』」

「ヒロインちゃん!安室さん!ふたりとも早いですね!」

「いえ、今来たところですよ!ね、ヒロインさん?」

『?
はいっ!今来たところです』

随分早く来ていたようなのに、なぜ今来たと言うのか気になったが、それを誤魔化し、慌てて安室さんに言葉を合わせた。

きっと安室さんにとって、早めに出勤して、細やかに開店準備に取り掛かるとこは大したことではないのだろう。

そう思うと、安室さんをすごいなと思った。




『いらっしゃいませ!』

「おっヒロインちゃんだ!久しぶりだねー」

『ご無沙汰しております』

「ずっとここに居てくれればいいのになあ」

『ふふっ。ありがとうございます』

昼時、混んできた店内で幾度となく繰り返されるやりとり。
ヒロインちゃんはそれにうれしそうに笑みを返しながら、その言葉ひとつひとつに返事をしていく。

「ヒロインさん、すごい人気ですね」

「ええ。毎日アルバイトに来ていた頃からヒロインちゃん、人当たりが良くて気も効くから、人気者だったんですよ」

注文の品を用意しながら、隣にやってきた安室さんに言葉を返し、ふたりで店内を呼ばれるままに往来するヒロインに目を移し、そのヒロインの懸命な姿に口元が緩んだ。

『ホットサンドとコーヒーをふたつずつ、おねがいします!』

綺麗に重ねられた食器を高く積み、それを器用に両手に携え、注文の品を口にしながらこちらを振り返ったヒロインちゃんは、自身に向けられていた私たちの視線に小首を傾げた。

隣に居たはずの安室さんは、いつの間にかヒロインちゃんの元へ行き、危ないですよと言いながらヒロインちゃんの両手の食器を受け取っていた。
それにヒロインちゃんは、ありがとうございますとうれしそうな笑みを向ける。

「ヒロインちゃん!」

手が空いた途端にお客さんに声をかけられ、そちらへ、はーいと返事をしながら向かって行くヒロインちゃんの背中に、込み上げる穏やかな笑みを耐えることもせずにそのまま漏らしていた。

「たのしそうですね」

ヒロインちゃんから受け取った食器を運んで来た、柔らかな笑みを浮かべた安室さんに声を掛けられる。

「ヒロインちゃんの一生懸命な姿がかわいいなと思って」

と以前から感じていたことを口にすれば、安室さんは齷齪働くヒロインちゃんに目線を移したまま、そうですねと口元を緩めた。

「あっ」

ーーガシャンー

安室さんが声を上げると同時に、少し離れたところからガラスの割れる音がけたたましく響いた。
私は驚き、そちらへ目を向けた。

『大丈夫ですか!?お怪我はありませんか?』

どうやらヒロインちゃんが、お客さんのテーブルの横を通った瞬間、食器が床に落ちてしまったらしい。
そのテーブルに座っていた、来店時から横柄な態度を取っていたふたり組の男性は、ヒロインちゃんに声をかけた。

「いやいやわりぃわりぃ。ちょっと手が滑っちゃって。俺らは大丈夫大丈夫」

ヘラヘラと悪びれる様子もなくそう言う男性たちにヒロインちゃんは、心底安堵したように目尻を下げる。

『すぐ片付けますので、危ないですから動かれないで下さいね』

と、一瞬蹲み込んだヒロインちゃんは、すぐに立ち上がると、お客さんに一礼してこちらへおそらく、掃除道具を取りに向かってくる。

「ヒロインちゃん大丈夫?」

近くまで来た時、こそっと声を掛ければ、いつもの笑顔で

『どなたも怪我はなかったようですし、お洋服も汚れなかったようで、よかったです』

と答えて、店の奥の扉へと姿を消した。
すぐに掃除道具を両手に扉から出てきたヒロインちゃんは足早に片付けに向かった。

「わりぃな。ねえちゃん」

割れた食器を片付けていくヒロインちゃんに上から声をかける男性は上半身を自身の膝に付く程折り曲げ、片付けをするヒロインちゃんの耳元に口を寄せた。

そこへ、できた料理を他のお客さんの元へ運び終えた安室さんがそっと近づく。

「ご心配には及びません。彼女は僕が送って行きますから」

そう声をかけると、安室さんはその男性に何やら耳打ちする。
隣でヒロインちゃんも、みるみる青ざめていく男性の横顔を、不思議そうに首を傾げて見上げていた。
顔を離した安室さんはにこりと男性客へ笑顔を向ける。

なのに、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった男性は、危ないですよ!と声をかけるヒロインちゃんの制止も聞かずに、お金はここにー!と声を張り上げながら、足を絡ませながらふたりは店を駆け出ていってしまった。

思わず片付けの手を止めて立ち上がり、首を傾げて呆然とその男性客の出て行った扉を見つめていたヒロインちゃんは、安室さんを振り返り再び首を傾げた。

「ヒロインさん」

安室さんの顔を不思議そうに見ていたが、途中だった片付けを再開しようと再び屈もうとしたヒロインちゃんに安室さんは声を掛けると同時に、ひょいっとその身体を抱き上げた。

所謂お姫様抱っこをいきなりされたヒロインちゃんは何事かと慌てふためき、店内に居たお客さんはヒューヒューとふたりを冷やかすような声を上げる。

そんなこと気にも留めず、安室さんはそのままヒロインちゃんを連れてお店の奥の扉へと入っていた。

私はそのとき初めて気が付いた。
ヒロインちゃんの足首にハンカチが結ばれていたことに。
そのハンカチに気づいた瞬間、私もふたりの後を追った。




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