明日への扉
□10話
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「んー、これなんかどうかな?」
私は今、蘭と園子と雑貨屋に来ていた。
昨日、ストーカーから助けてくれたお礼に赤井さんに何か贈り物をしようと考え、もともと今日、会う約束をしていた蘭と園子にちょっと付き合ってもらったのだ。
あの後、私が目覚めた時には既に朝、いつも起床する時間だった。目覚ましが鳴る前にいつも通りに起きると、もちろん赤井さんの姿は既に無く、そのままだったはずの割れたグラスの破片やらキッチンのシンクの中は何事も無かったかのように片付けられていた。
心の中で赤井さんにお礼を言い、赤井さんの優しさに笑みがこぼれる。
今日は仕事は休みだが、蘭と園子に会うため、いつも通り朝の支度をする。
家を出る時、まだ家にいるかもしれない赤井さんに一言お礼を言いたくて、呼び鈴を鳴らしてみようかと赤井さんの家の前に立ち、呼び鈴に手を伸ばした。
でも、もう仕事に出ているかもしれない。
それよりも、まだ寝ているかもしれないと思ったら、起こしてしまってはいけないと思い直し、その手を引っ込めた。
バックからメモ帳とペンを取り出し、お礼を記した手紙を郵便受けに入れておいた。
また改めて、夜に面と向かってお礼を言おう。
そう思って、蘭と園子と待ち合わせの場所、毛利探偵事務所へ足を向けた。
そして、現在に至る。
園「ってゆうかヒロイン。その人とどんな関係なのよ?」
手近にあった商品を手に取り、眺めながら園子が口を開いた。
『え?どんな関係も何も、その人はご近所さんで、ただいろいろあって、夕飯を一緒に食べてもらってるだけだよ?』
私は園子の横で園子の手の中の商品を見てから、園子に目を向けながら答えた。
お隣さんだと言うと、個人が特定されると思い、“ご近所さん”だと誤魔化した。
蘭「どんな経緯でそんなことになったの?」
蘭が私の横、園子の反対側に立ち、私の顔を覗き込みながら聞く。
私はその質問に顔を上に向け、宙を見上げながら返事をした。
『えーっと、ホラー映画の予告で?』
園「どんなきっかけよ…」
『い、色々あったんです!』
と呆れる園子にあの時の恐怖をそれ以上思い出したくなくて、無理矢理話しを終わらせる。
それに蘭は私の心情を察したのか、優しい笑顔を浮かべ私の手元に握られている物を見つめながら聞く。
蘭「ところでヒロイン。その人はたばこを吸うの?」
私が冒頭で発した言葉と共に手にしたのは、特にデザインの施されていない無地のシンプルなジッポライターだった。
『うん、吸ってる。それも結構なヘビースモーカーで、よくマッチを使ってるんだけど、消耗が激しいだろうし、車持ってるみたいなんだけど、これなら運転中も使えるかなと思って』
園「ちなみに、どんな人なのよ?」
『んー、ちょっと顔色の悪い、よくニット帽を被ってる、口数の少ないヘビースモーカーの男の人』
蘭 園「男の人!?」
園「あんた、男の人と毎晩一緒に食事してるの!?」
『うん、そうだよ?』
なにをそんなに驚いてるの?と言わんばかりに小首を傾げながらそう答えた。
その考えは顔にも出ていたみたいで、私のその様子にふたりは同時にため息を吐いた。
ふたりには、ストーカーの事は話していない。犯人は捕まって解決したし、余計な心配をかけたくなかったから。まあ、あまり思い出したくない、というのもあるが。
ふたりにはただ、昨日家で困った事が起こって、それを偶然近くを通りかかったその人に助けてもらったのだと説明していたのだ。
蘭「ヒロイン、その人のこと……好き、なの?」
蘭は私の目を見つめ、微笑みながらそう聞く。
私は思いもよらなかったその問いかけに目を見開き、自分の気持ちを振り返る。
いや、振り返るまでもなく、好きか嫌いかと尋ねられれば、間違いなく“好き”だろう。
でなければ、毎晩顔を合わせ、共に食事なんてできないし、自分の分を作るついでだとしても、嫌いな人の分まで食事の用意はさすがにできない。というか、そもそも誘ったりしていない。
赤井さんは口数は少なく、あまり笑顔を見せることもない。何より、彼の事は先程蘭たちに説明した程度しか知らない。が、彼がやさしい人だということは、出会ったあの日から、その行動や態度で充分わかる。
その答えはもちもん…
『好き』
間髪いれずに蘭にそう答えていた。