いろんな世界

□雨
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無我夢中で走った。

もはや濡れることも気にならないくらいぐっしょり濡れていた。身体にまとわりつく衣服に動きを取られながらも、夢中で水分を充分に含んで重くなった靴を前へと運び続けた。そのまま偶然見つけたコンビニに駆け入る。

こんなに髪から衣服から水を滴らせた客はさぞ迷惑だろうが、この際気にしていられなかった。足を動かす度、ぐちょぐちょと靴が鳴る。

私はまず、トイレに駆け込み、先程地面に付いてしまった手を洗った。
それから店内に戻り、包帯とガーゼと消毒液とビニール傘を手当たり次第手に取り、会計を済ませた。

コンビニを出ると雨は幾らか弱まっていた。

雨はまだ降り続いているが、すでにびしょ濡れの私は気にせず、胸にビニール袋を抱え、さっき購入したばかりの傘も挿さずに必死に元来た道を駆け戻る。

はやく!早く!

さっきの軒下まで来た。まだ黒い人影はそこにあった。
それを目指して駆け、徐々に速度を緩める。近くまで来た時、水飛沫を掛けないようにゆっくりと歩を進める。

私の足音にゆっくりと顔を上げるその人。

「…何をしに来た」

とても冷たい声。鋭い眼差し。
それにも、傷の事しか頭に無い私は怯むことを知らない。
先ほどのようにその人の前にしゃがみ込み、 まずは買ってきた広いビニール傘を広げ、その人の肩に引っ掛けていた小さな折り畳み傘と交換する。この方が先程より幾分濡れずに済むだろう。

私は交換した折り畳み傘を被り、コンビニの袋から消毒液を取り出す。傷口のハンカチを取り除き、消毒液を掛ける。
その間も何事か怒鳴っていた声も、全く聞く耳を持たず、淡々とこなされる作業に、ついに諦めたように大人しくなった。
雨に濡らさないようにガーゼを取り出し、傷口に当てる。包帯を取り出し、きつめに巻きつけた。

『よし、できた!』

水分を充分に含んだ前髪から垂れる雨水を、腕で拭いながら顔を上げる。

改めて、その人の顔を見る。呆れた表情のその人の瞳はあまりに綺麗な緑色で思わず目を奪われた。

「悪いな」

その人の声に我に返り、反射的にいえとだけ返す。

『他に怪我はありませんか?』

と問うと、呆れたようにため息を吐きながら、僅かに緩んだ口元で答えた。

「いや、もう大丈夫だ」

『そうですか、お大事に』

と笑みを返し、応急処置をして気の済んだ私は立ち上がり、その人の言葉に従い、その場を去ることにした。雨はずいぶん弱くなっていた。

あの軒下まで来た時、振り返ってみると黒い人影は姿を消していた。
動けるようになったのだと安堵のため息が漏れた。


雨はようやく上がった。




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