明日への扉
□7話
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数日ぶりに引っ越してきたばかりの家に帰宅している途中、もう自分の家まであと数歩という所で、女の悲鳴が聞こえた瞬間、勢いよく開いたドアから飛び出してきた女。おそらく悲鳴の主だろう。
一体何があったのかだろうか。
気になるのと、女が通路を遮っている為、それ以上先に進めずそのまま女の様子を眺めていた。
数度呼吸を繰り返し、落ち着いた様子の女はようやく俺の存在に気付いたのか、びくりと肩を揺らし恐る恐るこちらに顔を向ける。その様子から何かに怯えているのが伺えたから、大丈夫かと声をかけたが、どうやら聞いていないようで、何事か考えはじめた。
女の顔はまだ幼さを残しており、背は俺の胸辺りまでしかないだろう。女と言うよりは少女の方が正しいか…?
少女は俺の顔を見てほっと息をつくと、詮索するような目で俺を見ながら、しばらく何事か考えた後、なんとも間抜けな顔で、こんばんはと口を開いた。
思いもよらない言葉に、すぐに返事もできずにいたが、少女の方もろくに俺の返事も待つ事なく、また何事か考え始めた。一体何を考えているのか、彼女の顔が赤くなったり青くなったりする様子を俺はただ眺めていた。
その様子に再び大丈夫か?と問うも、少女はやはり俺の問い掛けにろくな返事もせず、ちょっと来てくれと俺を家の中に引っ張り込んだ。
ーー一体なにがあったんだ?
考えながら、引かれるまま家に入ると、少女はいつのまにか俺の背後に回り、後ろからぐいぐいと背中を押してくる。
ーー非常に歩きにくいんだが…
押されるままリビングと思しき場所に付くと、少女は俺の背中を押すのを止め、後ろからひょいっと顔を覗かせ、リビングの様子を伺っている。
リビングはテレビが付いたままで、料理のいい匂いがするくらいで特に変わった様子はない。
『あ!火!』
俺の後ろからリビングの様子を確認した後、思い出したようにキッチンに駆けていく少女はすぐ戻ってきた。
ーー忙しない女だな
これがはじめの印象だった。
『よかったー、無意識に消してたんだ…』
言いながらリビングに戻って来て、ほっとした様子でテレビを消そうとリモコンに手を伸ばした途端に、テレビから大きな音と禍々しい音楽が流れ始める。
『きゃぁあああ!』
少女が二度目の悲鳴を上げ、手にしたリモコンを放り投げ、俺に抱きついて…いや、飛びついてきた少女は、俺の胸元で両手で耳を覆い、俯いている。その小さな肩は小刻みに震えていた。彼女の様子にテレビを見遣ると、そこにはホラー映画の予告が映っていた。
「大丈夫か?」
と声を掛けるも耳を塞いでいる為聞こえていないようで、返事は返ってこない。
映画の予告も終わったが、まだ耳を塞いでいるため気づいていないであろう彼女に代わって、リモコンを拾い上げ、テレビを消す。
『あ、ありがとうございます』
俺のその行動で、彼女は耳を塞いでいた手を取り、俺に向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「あれが原因か?」
テレビを持っていたリモコンで指しながら問うとこくりと頷く少女。
『普段あまりテレビ点けないんですけど、今日はなんとなくテレビを点けて料理をしてたら、あんな映像が…。
私ホラーだめなんです…。
付き合わせてしまってごめんなさい。助けて頂いて、ありがとうございました』
少ししゅんとした様子で説明し、礼を述べる少女に口元が緩むのを感じた。
「大した事ではない。しかし、しばらくはあのCMが放送されるだろうから、テレビは当分控えた方がいいだろう」
じゃあなと言いながら部屋を後にしようとすると、右手を掴まれ、少女に目を向ける。少女は先程までの表情を一変して満面の笑みを浮かべて口を開いた。
『私、〇〇ヒロインと言います。もし、お時間がよろしければ、夕飯を一緒に食べてもらえませんか?』
と小首を傾げながら言うヒロイン。
「…いいのか?」
正直、この料理の匂いに惹かれてはいた。
俺の返事にぱぁっと顔を輝かせ、更に笑みを深めるヒロイン。
『もちろんです!うれしい!
料理も作り過ぎちゃってたので、助かります!
…それに、…実は、まだひとりで居るのが怖くて…』
明るい表情は徐々に赤く染まって行き、俯く。声は消え入りそうに徐々に小さくなり、恥ずかしそうにそう言うヒロインが愛らしくて、頭にぽんと手を置いた。
「一度、家に帰ってきてもいいか?用を済ませてすぐに来る」
と隣の部屋を指して言う。
『あぁ、あなたが最近引っ越して来られた…?』
ヒロインの言葉に訝しげな顔をすると、
『あ、ごめんなさい。大家さんが言ってたんです。ヒロインちゃんの部屋の隣の空いてた部屋に男の人が引っ越して来たのよって…』
少し申し訳なさそうに言うヒロインに、そうかと返事をすると、また先程の笑顔に戻り、
『料理仕上げて、準備して待ってますね!』
と楽しそうに言うヒロインを可愛らしい娘だと思った。
『あ、あの!お名前、伺ってもいいんですか?
それとも何とお呼びしていいですか?』
俺を見送る為に付いてきてくれた玄関先で首を傾げるヒロイン。自分が名乗った後、すぐに俺が名乗らなかった事に、名前を聞いていいものか迷っていたのだろう。勘がいい娘だ。
ーーあまり名乗りたく無かったが、まあ、こいつなら大丈夫だろう
何となくそう思った。
「赤井秀一だ。好きに呼んでくれて構わない」
ーこれがふたりの再会だったが、これが「再会」だと気づくのはもう少し先の話だったー