星空のしたで〜第1章〜(第1〜39話)

□第10話 仮初めでも
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帰りが遅いから、どうしても気になって見に来てしまった。

門の近くの高い木に登り、塀の外を見る。
すると偶然にも、二人が並んで歩いてくるのが見えた。
無事でよかった…
そう思ったのも束の間、よく見ると手を繋いでいるではないか。
さらに、利吉くんは私の姿を認めると、たまみさんを抱き締めてその頬に口付けた。
その目は、私を捉えていた。

…宣戦布告、か。

木を掴んでいた手に力が入った。
兄のように慕ってくれていた利吉くんが、まさかライバルになるとは。
私はその場を離れると手のひらについた木の皮をぱらぱらと払った。



「ただいま戻りました。」

たまみさんが少し疲れた様子で戻ってきた。

「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

心配で仕事もあまり進まなかったことを悟られぬよう、普段通りに聞いた。

「はい、おば様方のお喋りパワーに圧倒されましたが、何とか物価とか必要な情報は聞き出せました…」

「…たまみさん」

「はい?」

「本当は、忍務の内容にかかることは、他に漏らしてはいけないのですよ。」

「!…すみません。」

「でも」

「?」

「私には、何も隠さずに話してください。」

「…どうしてですか?」

「…どうしてでも、です。」

「………?」

「…っ、」

私は彼女をぐいっと引き寄せて抱き締めた。

「…心配、だからです。」

「…すみません…」

「………利吉くんに、何もされなかった?」

「え」

彼女の顔が赤くなった。
胸が痛んだ。

「…私が、何も気づかないとでも?」

「えっ…あのっ、土井先生?!」

抱き締めたたまみさんを、そのまま後ろに押し倒した。
驚いた彼女は、それでも何の抵抗も示さなかった。

「…たまみさん」

真っ赤な顔をした彼女に覆い被さる。
私の前髪が、たまみさんの額を掠める。
彼女の長い睫毛が揺れた。

…だめだ、抑えられない。

「…たまみさん、私は」

「失礼しまーっす!」

がらりと障子があいて、小松田くんが顔を出した。
私は咄嗟に身を起こし、同時に彼女も座らせた。

「あれ、二人とも顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

「小松田くんっ…!」

なんなんだっ、いつも!
私はやり場のない怒りにも似た気持ちで、はぁ、とため息をついた。

「いや、何でもない、大丈夫だ。どうしたんだい?」

「土井先生、大家さんから手紙がきましたよ。」

「大家さん?…しまった!」

家賃を払うのを忘れていた!
私は手紙を受けとると慌てて立ち上がった。
家が引き払われてしまう!

「すみません、ちょっと家賃を払うの忘れていたので、行ってきます。」

「へ?あ…はい。」

私はたまみさんを一人部屋に残して、家に向かった。


少し、頭を冷やそう。
あのまま歯止めがきかなくなりそうだった。

私は、またため息をひとつついて、家路を走り出した。
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