星空のしたで〜第1章〜(第1〜39話)
□第10話 仮初めでも
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学園長の許可を貰って、私は利吉さんと聞き込みの忍務に出た。
外の世界を知りたいというのも勿論あるし、一年は組の補佐として経験を積んでおきたいというのも確かにある。
しかし、何よりも、女装した利吉さんを見たときに、こんな綺麗な人が土井先生と夫婦役だなんて絶対嫌だと思ってしまったのだ。
例え仮の姿だとしても、それが本当の女性ではないとしても、嫌だった。
「今日の目的は、最近の人や物の動き、物価の変動、変わった出来事がなかったか、等を調べることです。」
「はい。」
「行商をしているという設定で、私は男性のもとで情報を聞いてくるので、たまみさんは主婦のなかに混じって色々聞き出してください。」
「わかりました。」
利吉さんはフッと笑って、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよと言ってくれた。
「今からそんなに固くなっていたら、疲れてしまいますよ。遠足にでもきた気分で、のんびりと行きましょう。」
「そんなこと言われても…」
「あ、あとですね。」
利吉さんがパッと前に出て私を正面から見た。
「我々は夫婦です。」
「!…はい。」
「呼ぶときは『あなた』とか適当に呼んでください。本名はだめですよ、名前が知れるとよくないですから。私はたまみさんを『お前』と呼びます。敬語はお互いになしで。」
「わかりました。」
「じゃあ、今から練習で。」
利吉さんは、私の手を握って歩き出した。
「足、疲れてない?」
覗きこんできた目が本当に優しくて、思わず顔が赤くなった。
「だ、大丈夫、です」
「そうじゃないだろ。ほら、こっち見て。」
「…大丈夫よ、あなた。」
しどろもどろに言うと、利吉さんは赤くなって満足そうに笑った。
…これは、もしや引き受けてはいけないやつだったんじゃなかろうか。
今更ながら土井先生の顔が思い浮かぶが、もうどうしようもないので、腹をくくって足手まといにならないよう頑張ろうと思った。
着いた農村は、のどかだが貧しい感じの村だった。
それでも村の人びとは明るく優しい人達で、余所者である私達をすんなり通して気さくに話しかけてくれた。
利吉さんは畑に出ている男性達のもとへ行き、私は家で機織りをしている女性達を相手に話を聞こうとした。
どうやって切り出していこうかと迷っていると、
「ねぇ、ちょっと!あなたの旦那さんすごくハンサムね!どこで出会ったの!?」
「旦那さん、兄弟はいないの?あ、親戚でもいいわ。あんな格好いい人そうそういないし、他にも素敵な人いるなら紹介してよ!」
「すっごく優しそうで羨ましいわ〜うちの亭主ったら昨日もこんなんで…」
「男ってそんなもんよね〜うちのもこないだ…」
話のテンポが早い!
ついていくのに必死だった。
そして、話の方向を変えて必要な情報を聞き出そうとするも、少しするとまた利吉さんの話に戻る。
…忍者が格好よすぎるのは世を忍ぶには苦労しそうだなと苦笑した。
暫くして利吉さんと合流することができた。
変に疑われることがないよう、あまり長居せずに引き上げる。
村を出て少しすると、聞き出した内容を逐一利吉さんに伝えた。
「すごいですね、思ったより具体的にたくさん聞き出してくれて助かりました。」
「おば様方のお喋りパワーがすごかったからですよ!でもみんな利吉さんのこと素敵な旦那さんだってすぐに話がそれちゃうから、話を戻すのがホントに大変で!」
「ははは、そんなに?」
「もうホント、利吉さんが格好よすぎるから」
「たまみさんは、どう思いますか?」
利吉さんが急に真顔で聞いてくるから驚いて固まった。
なんて返したらいいのかと迷っていたら、利吉さんがまた私の手を握って歩き出した。
「私は、あなたにとってだけ格好よくうつってたらそれでいい。」
「…!」
「今日は、仮初めでもあなたと夫婦になれて嬉しかった。」
「あの、…私…」
利吉さんの人差し指が私の唇に触れて、言葉を遮った。
「答えは、私をもっと知ってからにしてください。私も、もっとあなたを知りたい。」
利吉さんはゆっくり微笑んで、握った手に力をいれた。
私は手をほどくこともできず、そのまま歩き出した。
学園の前まで来ると、利吉さんはゆっくり手を離し、寂しそうな顔をした。
「今日は本当にありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、貴重な経験でした。」
「…さっき話したこと、私は本気ですから。」
突然、利吉さんは私を強く抱き締めた。
突然のことに固まっていると、頬に柔らかい感触。
口付けされていた。
「好きです。…誰にも渡したくない。」
耳元で囁く甘い声にぞくりとした。
「…また、近いうちに会いに来ます。考えておいてください。」
ゆっくりと離れると、利吉さんは爽やかに手をふって走り去っていった。