星空のしたで〜第1章〜(第1〜39話)

□第2話 髪紐
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一年は組のトラブルに巻き込まれるのが日常茶飯事のため、この奇妙な出来事をも受け入れつつある自分に驚いた。

たまみと名乗った不思議な少女は、はじめひどく戸惑って不安げな顔をしていた。
にわかには信じがたいが、違う世界から来たというのであれば、それも当然だろう。
しかも、先程の巻物の内容が真実であればすぐに帰ることもできないようだ。
その瞳は心細そうに揺れていた。
少しでも元気づけようと笑顔で挨拶をすると、彼女も笑顔を返してくれた。

初めて見せる、そのあどけない笑顔。
不意をつかれた。

…可愛いらしい笑顔だと思った。


平静を装いつつ、廊下に出て着替えを待つ。
小袖に着替えた彼女は、小柄なため調整が必要で後ろがうまく着こなせていなかった。
隣の山田先生が動こうとする気配。
着物を直そうとしたのだろう……伝子さんになって。

いきなり伝子さんを見たらさらに不安になるのでは…!

慌てて自分が前に出て、手早く直してあげた。
そのときふと、髪を束ねている紐…これは紐ではないな…が目にとまった。
見たことない材質だ。

「これも、変えた方がいいですね…。」

「あ、わかりました。」

すぐに髪をおろしこちらを振り向く彼女。

「!」

先程までの真面目な感じと違い、ふんわりと柔らかい雰囲気。
つぶらな瞳がじっと私を見上げた。

…これは、まずいな。
可愛すぎる。

すぐに生徒達が寄ってきそうな気がして……なぜかそれがよくない気がして。
私は自分の髪紐をほどき、彼女の髪をまたひとつに束ねた。

指に触れる艶やかな髪。
それは、花か何かの香だろうか、とてもいい香りがした。

…すごく柔らかい。
私の髪とは大違いだ。

「あ、あの、すみません…!土井先生の髪をくくるものがなくなるんだったら私はおろしたままでも…!」

焦ってそう言う彼女に、ハッと我にかえった。

…しまった。

自分が女性の髪になんの断りもなく触れてしまったことに気がついた。

「いえ、大丈夫です。自室にまだ予備の髪紐があるので…。……と、いうか…すみません、勝手にしてしまって。」

あたふたと謝ると、学園長と山田先生が「ほぉ…」とニヤニヤした顔でこちらを見ていることに気がついた。

「ええーっと。学園長、それで、仕事とは何をしてもらうんですか。」

非常に居心地の悪くなった私は、あからさまに話題を変えた。
学園長が腕を組んで目を閉じる。

「ふーむ、そうじゃなぁ。お主、文字は読めるのか?」

「…どうでしょうか……。」

小首を傾げたので、私は忍たまの友を見せてみた。

「えっと…分かる部分もあるのですが、こういう崩した文字は分かりません…。」

「そうか、なら事務員は難しいのぅ。」

暫しの沈黙の後、学園長がニヤリと口角をあげた。

…なんだ?今度は何を企んで…!?

「よし、では1年は組の授業の補佐をしながら基本的なことを一緒に学ぶ、というのでどうじゃろう。」

一年は組の授業の補佐…!?

私と山田先生は驚き微妙な顔をした。

確かに、妥当ではある。
今のところ悪意は見受けられないが、生徒の食事や薬品に触れさせるほどまだ信用出来るわけでもない。
1年生と一緒に、文字だけでなく基本的な日常の事柄も徐々に身につけていけば、今後の彼女の為にもなるだろう。

しかし、もしこれで生徒達が騒いで…また授業が遅れたりしたら…。
一抹の不安がよぎり、私と山田先生は顔を見合わせた。

「あの…、私、なるべくご迷惑をかけないように頑張りますので…よろしくお願いします!」

真剣な眼差しで頭を下げる彼女。
その必死な様子に、自分の素性を…先程の一連の出来事を知っている人間と仕事をする方が何かと心強いのだろうと思い至った。
山田先生もそう思ったのか、一拍おいて頷いた。

「頭をあげなさい、たまみくん。」

ぽん、と私の肩に山田先生が手を置く。

「事情は分かった。幸い、一年は組の生徒はいい子達ばかりだ。すぐになじめるだろう。な、土井先生?」

私は微笑み頷いた。

「そうですね。きっとみんな助けてくれるでしょう。」

「あ…ありがとうございます!」

よほど不安だったのか、彼女は微かに涙目になりながら安堵の笑みを見せた。

そうだ、確かに一年は組の生徒達と一緒なら不安な日々も笑顔で過ごせるかもしれない。

「では土井先生、頼みましたよ。」

「へ!?」

突然の丸投げに驚いて変な声を出してしまった。
山田先生はさも当然であるかのように私を見る。

「さすがに実技の補佐はさせられないだろう。テストの準備とか書類整理とか…その辺から色々教えてやんなさいよ。」

「……そ、そりゃあまぁそうですが…。」

「よし、では決まりじゃな!土井先生、頼んだぞ。たまみ殿…いや、たまみちゃんと呼ぼうか。部屋はあいにく、くノ一長屋に空きがなくてな。山田先生と土井先生の隣を使うといい。」

「はい、ありがとうございます!」

深々と頭をさげる彼女。
ふと見ると、その両手はぎゅうっと小袖の裾を握りしめていた。

「…大丈夫。そんなに緊張しなくても…。」

私は彼女の前にそっと手を差し出した。

「これからよろしくお願いしますね、たまみさん。」

笑いかけると、彼女の表情もふっと和らいだ。

「よろしくお願いします、土井先生、山田先生。」

優しく握手を交わした小さな手。
それは、とても温かかった。
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