星空のしたで〜第1章〜(第1〜39話)

□第10話 仮初めでも
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忍術学園へ行ったあの日、父からはたまみさんの素性について語られなかった。
ただ一言、素直でいい子なのは確かだから困っていそうなときは助けてやってくれ、とだけ言われた。
日常のことも記憶にないらしい。
それがどれ程心細いことか見当もつかないが、力になってあげたいと思った。

そんなある日、巷で人気の南蛮のお菓子が売られているのが目に入った。
頭に浮かんだのは先日話した彼女。
たまみさんは甘味が好きだと言っていたな。
ちょうど次の仕事の前に忍術学園へ行こうと思っていた。
お菓子を買うと、はやる気持ちを押さえて私の足は早速忍術学園へ向かっていた。


忍術学園へ着くと、門のそばにちょうど乱太郎、きり丸、しんべえがいた。
たまみさんがどこにいるか聞いてみると

「今日は文字の日だっけ?」

「それは明後日になったから、今は職員室じゃない?」

「文字の日?」

「はい、たまみさんは週に1回、図書室で借りた本を団蔵と一緒に写して文字の練習をしてるんです。」

「他にも『にんたまの友』の日っていうのもあるんですよ。」

「たまみさんは忍術は全然知らないから、僕たちが教科書の基本的なことを教えてあげてるんです!」

「君たちが?」

「はい、すごいでしょー。」

しんべえがエッヘンと胸を張る。

「授業の復習にもなるし、テストの点も、ほんの少ーしだけ上がったんですよ!」

「なるほど。」

一年は組補佐として色々な形で頑張っているのが伺えた。


職員室に行くと、土井先生とたまみさんがテストの採点をしていた。

「失礼します。」

「利吉さん!こんにちは。」

「やぁ、利吉くん。山田先生ならすぐ戻ると思うよ。」

「いえ、今日はたまみさんに会いに来ました。」

「私に?」

土井先生の眉がぴくりと動いた。
私は気づかないふりをしてたまみさんにお菓子の包みを渡した。

「美味しいと評判の南蛮のボーロです。たまみさん、甘いものがお好きなんでしょう?」

「えっ!そんな、いいんですか、頂いちゃって?」

「はい。…で、実は、おりいってお願いがありまして。」

「お願い?」

「次の仕事が、農村へのとある調査なんですけど、潜入するときに夫婦の方が聞き込みがしやすいので、少し協力してもらえないかなぁと」

「だめだ!」

話し終わる前に、土井先生に大きな声で遮られた。

「一般人を忍務に協力させるなんて危険すぎる。」

「普通の農村への聞き込みです。危険な忍務ではありません。」

「君なら一人で十分に聞き出せるだろう。」

「夫婦として潜入した方が色々と聞きやすいんです。
…それにたまみさんは記憶がないと聞きました。忍術学園はある意味閉鎖された場所です。農村での暮らしがどのようなものか見ておくのも、社会勉強になっていいんじゃないですか。」

「社会勉強なら別に忍務として行かなくてもいい。」

案の定、土井先生は反対してきた。
たまみさんは、おろおろとしている。

「あの、私、お役にたてるなら行くのは構わないのですが…」

「たまみさん!」

何を言っているのだという目で土井先生がたまみさんを睨む。
彼女はビクッとして下を向き、そして思いついたように言った。

「そうだ!女装したらいいんじゃないですか?」

「「え?」」

「山田先生、女装が好きらしいですし。」

のほほんとした顔で、よりによってなんということを言うのだ。
ないない。それはあり得ない!

「女装した父と行くなら一人で行きます。」

「じゃあそうしなさい。」

「えと、じゃあ土井先生は?」

「何で私が女装して利吉くんと忍務に行かなきゃならんのだ!」

「えー、じゃあ、利吉さんが女装して土井先生と行くとか。」

彼女は天然なのか。
話が妙な方向になってきたと思い土井先生を見ると、はぁとため息をついていた。
たまみさんが私の顔をじっと見て

「利吉さんって綺麗な顔されてますよね。女装、見てみたいです…!」

すぐに断ったものの、たまみさんは「プロの忍者の変装が見てみたいです!後学のためにも!」と目をキラキラさせてお願いしてきた。
何だか、そんなに可愛くお願いされたら断るのも可哀想な気がしてきた。

「…一回だけですよ。」

私はしぶしぶ、サッと女装してみた。
たまみさんは驚いて、「すごい綺麗!」と繰り返していた。
そして、彼女は何を思ったのかハッとして土井先生と私を交互に見て沈黙した。
どうしたのだろう?

「…私、やっぱり、行きます!」

「たまみさん!?」

「土井先生はお忙しいし、私も一年は組の補佐をしている身として、実際に忍務に出てみた方が分かることもあるのかなと。
外の社会を知っておくのも、必要かなと思いますし…。」

「しかし…」

「…足手まといにはならないですか?」

たまみさんが不安気にこちらに聞いてくる。

「私がついてるので大丈夫です。」

私はとびきりの笑顔で返した。
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