星空のしたで〜第1章〜(第1〜39話)

□第1話 不思議な侵入者
1ページ/1ページ

雲ひとつない澄み渡る青空のした。

一年は組教科担当である私は、同じく一年は組実技担当の山田先生と廊下を歩いていた。

「山田先生、至急学園長の庵に来るようにとは…何だと思いますか。」

「うーむ、土井先生は何か心当りでも?」

「いいえ。また授業が遅れるようなことにならなければいいのですが…。」

ここ忍術学園では、しばしば学園長の突然の思いつきにより色々と面倒な事が起きる。
ただでさえ授業が進まず補習にも追われる我々にとっては、迷惑このうえない話だ。
突然の呼び出しに、また厄介事ではないかと内心危惧しながら庵に向かう私と山田先生。

「失礼します。」

スッと障子を開けると、学園長が待ってましたとばかりにこちらを見た。

「山田先生、土井先生。まぁ入りなさい。」

学園長の前に膝をつくと、学園長はオホンと咳払いをして私と山田先生を交互に見据えた。
何事かと目で問うと、学園長はゆっくりと告げた。

「二人を呼んだのは他でもない。」

ピリッ、と緊張が走った。

……何か重要な話なのか。

「昨夜、夢でお告げがあってな。」

「……夢、ですか…?」

「うむ。ここに山田先生と土井先生を呼ぶと、面白いことが起きると巻物に書いてあったんじゃ。」

「………」

私と山田先生はあからさまに微妙な顔をした。
それは、「面白いこと」と書いて「厄介事」と読むのではなかろうか。
いや、それよりも。
夢のお告げ…とは、神職でもあるまいに何を言っているのか。

「「「…………」」」

暫くの沈黙。

やがて山田先生が微妙な表情で尋ねた。

「学園長…」

「なんじゃ、山田先生」

「…それで、我々はいつまでここに居ればよいのでしょうか?」

「ふむ…」

学園長は腕を組んで暫く考えた。

「…何も起きんな。」

「そりゃそうでしょう…。」

山田先生が退出しようと腰を浮かす。
私も早く仕事に戻ろうと立ち上がりかけた、刹那。

庵の天井が大きく光った。

とっさに学園長を庇うように私と山田先生が前に立つと、その光の中から何かが勢いよく落ちてきた。

ドサッ

「いたっ!」

「「「!!?」」」

人間…!?
畳の上に尻餅をついてうずくまっている。

「……!?」

それは、奇妙な服装の女人だった。

学園長を庇いながら、私と山田先生は瞬きもせず苦無を構えて不思議な侵入者を警戒した。

「何者だ。」

山田先生が鋭く問いかけると、その女人はハッとしたようにこちらを見た。

「え、と…」

彼女は周りを見渡して、不安げな表情になった。

「私は…たまみといいます。あの、ここは…どこでしょうか。」

その目から敵意は感じられなかった。

齢は十八歳位。
黒く長い髪を一つに束ね、上半身は灰色の柔らかそうな布地の衣、下は薄桃色のひらひらした膝丈の布をまとっていた。
見たこともない服装。
南蛮の服とも異なるそれは、変わった作りをしていた。

ひどく戸惑った様子で、どちらかというと怯えているようだ。
やはり敵意は感じられない。

一体何者なのか…。
なぜ光のなかから…どういうことだ?
天井板に変化はなく、穴も何もない。

少しでも手がかりを得ようと注意深く観察していると…。

「!」

ぱちりと、目があった。

黒く大きな瞳。

それはまるで、助けを求めるように揺れていた。

「………」

気づけば、苦無を構えていた手を下げていた。

刃を向けるのは可哀想な気が…警戒の必要はなさそうな気がした。

「きみは、一体……」

話しかけようとした瞬間。
再び天井が大きく光った。
そして、一本の巻物がふわふわと降りてきた。

しゅるるる…

その巻物は空中でひとりでに開き、皆に見えるようにピタッと止まった。

「…なんと…!」

不思議に思いながらも全員がその巻物を見ると、そこには大きくこう記されていた。


〜異世界を旅する者の心得〜

一、元の世界にかかる記憶は、異世界においては末梢される。

一、異世界で命が尽きたとき、元の世界へ帰還する。

一、異世界に在る期間、元の世界において時間は経過しない。


「……異世界…?」

やがて暫くすると、巻物は突如青い焔に包まれ跡形もなく消え去った。

「………」

「…………」

皆一様に信じられないといった顔をしていた。

今のは一体…?
異世界…?
何だそれは……

しかし、目の前で起きた光景に、この非現実的なことが現実であると受け入れざるをえなかった。

「…学園長…」

山田先生が困惑しつつも学園長に判断をあおいだ。
学園長は目の前の少女をじっと見つめながら「ふーむ」と唸る。

「まぁ、あれだな、信じがたいことではあるが…たしかに面白いことになったのう。」

「いやいや学園長、何を悠長な…」

困り顔の山田先生を無視して、学園長は異世界から来たという彼女に向き直り挨拶した。

「ここは忍者を育てる学校、忍術学園じゃ。お主は何故ここに来た?」

「何故と言われても…。自分の意思で来たわけでは………あ、れ…?」

突然、こめかみを押さえて眉間にシワを寄せた。
どうかしたのかと様子を伺っていると。

「…思い、出せない……?」

「なに?」

「記憶が…思い出せません。自分が何者で…どうしてこんなことになったのか………」

「ふむ…先程の巻物には確かに記憶がなくなると書いてあったな。」

「…自分の名前しか、分かりません…。」

不安げに目を伏せた彼女は、自分の手をじっと見つめた。

「気がついたらここにいて…それ以外のことは…」

「ふむ…」

学園長は顎に手を当てて暫く何かを思案しているようだった。

「山田先生、土井先生」

「「はい」」

「彼女をしばらくここで雇うことにしようと思う。」

「「ええっ!?」」

「話から察するに、他に行くあてもないじゃろう。ここで働きながら色々と学べばいい。」

客人ではなく雇うとは。
働かざる者食うべからずとはいえ、思いきった即断だ。
瞬時に色々な可能性を考えた。

たしかに異世界から来たというこの不思議な少女が学園の外…一般社会で生きていけるかは疑問だ。
もし生活様式から異なるのであれば、ここでまず覚える方が安全だ。
記憶がないなど、悪人に捕まれば騙されてそれこそ人買いに売られてしまうかもしれない。

それに、彼女の顔つきや雰囲気。
傷のない白い手や、隙だらけの動作。
これはおそらく、忍びや間者ではない。
学園に害をなす目的で侵入してきたわけではなさそうだ。

しかし、あまりにも不可解なできごと。

いっそ手元で完全に監視できるようにしておく方が、安全といえば安全かもしれない。

「たまみとやら、お主さえよければじゃが、ここなら衣食住に困ることはない。どうかな?」

学園長の目は優しかった。
…どうやら監視目的というよりも、保護目的のようだ。

「あ…ありがとうございます…!」

彼女としても、他に選択肢はないだろう。

「あの、えっと…、ご迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします…!」

学園長に深々とお辞儀をする。
素直で真面目な第一印象。

…これが、私達の不思議な出会いだった。
次の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ