ぼくがぼくになった日
□19
1ページ/1ページ
まただ……。
しばらく見ていなかった藍色の海。
「嶺二は心が優しいよね」
ここは、どこなんだろう。
8年。そんな昔の愛音の声を探すもやはりそこには誰もいない。
「弱くて、冷たくて、卑怯な人間だよ」
そうぼくが言い放ち、意識を失う。
そうのちに、海に入っては駄目だとなまえちゃんが迎えにくるんだ。
もう行かなくちゃ、愛音も、なまえちゃんも捨ててぼくは……。
「ねえ!しっかりして!」
息もたえだえに深夜に目を覚ますと、隣にはミネラルウォーターを持った彼女がいてくれた。
「嶺二くん。こんなこと言うのは酷だとは思うけど、愛音がいなくなって8年になるよ。忘れろって言いたいんじゃない。だけど、少し執着し過ぎじゃないかな。失踪のこと、自分だけのせいになんてしないで」
「ぼくはどっかで彼は生きてるんじゃないかって思ってる。理由があって帰ってこられないだけでさ。そう考えた方が気が楽だし、そうでもなくちゃ心が潰れそうになる」
この頃からなまえちゃんとは口論が増えた。
2人で暮しているマンションのリビングで一緒に過ごすことが気まずくなり、オフの日には、ろくに荷物もない自室、ぼくが自分の部屋に閉じこもることも増えた。
すべてぼくが悪い。
このままでは8年もパートナーでいてくれたなまえちゃんをも失ってしまう。
ぼくは休みといえばテレビも雑誌にも目を通すことも無く、ただぼーっと窓ガラスを見ているだけ。
なまえちゃんが仕事の日でも、掃除も、食事の準備もするだけでなく何もせず座っているだけ。
……?
ぼくの部屋をノックする音が聞こえた。
「ただいま。嶺二くん、お部屋入っていい?」
「どうぞ」
ぼくの部屋に入るなり、彼女は荷物を投げ出してぼくへと飛びつき、寂しいよと泣き出した。
彼女の悲しみの涙を何年ぶりに見ただろうか。
幼い頃から我慢に我慢を重ねて、ずっと親や大人ばかりの社会でいい子に生きてきた彼女。
ぼくに出会って、恋に落ちて、わがままですぐに拗ねるぼくにいつも優しくしてくれていた。
彼女の心はとうに限界だったのかもしれない。
「嶺二くん、もう別れよう」
涙に鼻水でぐじゃぐじゃの顔をあげたなまえちゃんはそう言った。
「私には嶺二くんを守ってあげることが出来なかった。ずっと一緒にいたい気持ちは今でも変わらない。だけど、私がそばにいることで愛音のことを思い出してしまうのなら、もう私なんていない方がいいと思う」
みっともなくすがりついて行くなと泣けばよかった。
大きな鞄に荷物を詰め込むと、黙って出ていってしまった。
1時間後、なまえちゃんのお母さんからメールがあった。
【なまえが珍しく我が家に帰ってきました。喧嘩でもしましたか、数日うちで預かりますが、よく話し合いをしてくださいね】
すみません、よろしくお願いしますとだけ返信をすると、夜も早々に1人では広いベッドへと倒れ込んだ。