ぼくがぼくになった日
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また、あの夢だ。
暗い藍色の海。
今夜は歌が聞こえてくる。
愛音の声だ。
待って!ぼくも行く!
前に引きずり込まれた強力ななにかを探しても、見つからない。
結界が張られているかのようにそこから先へは進めないのだ。
もがいても、もがいてもそこはただの浅瀬。
愛音、きみはどこにいるの?
「……いじ…くん」
愛音?
「嶺二くん!大丈夫?また海の夢を見たの?」
なまえちゃんとぼくが思いを確かめ合いしばらくした頃だ。幸せな気持ちで、ぼくの家へ泊まりに来てくれたなまえちゃんと眠りについても、夢にうなされて目を覚ますこともしばしばある。
「私がいるからね」
そう言っていつも、ぼくを抱きしめてくれる。
その優しさに子供のように甘えるぼくは、いつになったら前に進めるのだろう。
ハタチになると、成人式は事務所のものにしか出席できないくらいには忙しい毎日を送っていた。
ひびきんやけーちゃん達と連絡も頻繁に取らなくなり、最近ではもう会うこともなく、僕たち2人は日々を重ねた。
ありがたいことになまえちゃんとぼくはお互い仕事も増え、なかなか会えない日も続く。
「一緒に暮らそう」
そうぼくはなまえちゃんに言ってみたけど、でも、お母さんに聞かなくちゃと彼女は口篭る。
いつかはこうやって挨拶に伺わなければならないとわかっていたはずなのに、すごい剣幕で怒っていたお母さんしか知らないために気合いを入れなくては、とスーツの新調を決めた。
買ったばかりのドイツ車の緑のビートル。
助手席には君しか乗せないよなんて憧れていた台詞を彼女に言うと、頬を赤らめるのかなぁ、なんて照れながら予想していたのに、そういう台詞を言いながらドアを開けてエスコートしてくれたら100点満点なのに、なんて笑っていた。
本心で言っていないことなどもちろんわかっている。ぼく達はハタチになったけど、あいも変わらず子供みたいな会話で笑ったりしている。