ぼくがぼくになった日

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マスターコースが始まると、デビューまでシャイニング事務所への準所属となった。

ただ、愛音には卒業オーディションの日に見に来ていた映画のプロデューサーさんからオファーがあり、すでに正所属としてマスターコースと併用しながら映画の役作りを始めていた。


「殺人考察……なんだかすごいタイトルだねぇ。ぼくちんにはさっぱりわからない」


「こんなこと嶺二にしか言えないけどさ、役に入り込んで台本を読み込むだけでどっと疲れてしまうんだ。マスターコースもあるし、歌も練習したいし、作詞もしなくちゃいけない。ちょっとキャパオーバーかななんて思ったりもするけど、僕が頑張らなくちゃ!」


「愛音は頑張るね、何かあったら相談してちょ」


こんなとりとめもない話をした翌日から、毎日のように愛音から電話がかかってくるようになった。

ぼくは先輩からの厳しいレッスンで、くたくたになっている日もあったけど、愛音が心配で、寝るギリギリまで話をしていた。

そのうちに、どうしよう、どうしたら、嶺二はどう思う?と言った語尾がループするようになって


「そんなことばかり言っていないで、仕事があるってことは幸せだよ。ただ楽しみなよ」


と少しばかりきつい言い方をしてしまった。


明日は自分のためのデビューを賭けたオーディション。
早く寝なくてはいけないのに。胸騒ぎがする。


なまえちゃんからオーディション頑張ってねとのデコメをもらい、ありがとうと返信をするも、心は落ち着かないまま。


寝なきゃ、寝なきゃ……







………………。


夢を見た。

穏やかな藍色の夜の海が目の前に広がる。
少しだけ、そう足を踏み入れると、なにかに引きずられそうになる。

助けて、そう叫んでも夜の海には誰も来るはずもない。必死に抵抗すると、やっとそのなにかに離され、浜辺にへたり込む。

ここは……どこなのだろう。






ピピピ、ピピピ


目覚ましの音に驚いて目を覚ますと、いくらも寝ていないかのような気だるさに襲われる。


支度して、行かなくちゃ!



​───────​──────




着信 愛音

ごめん、オーディションが終わったらかけ直すから、そう通話して言えば良かったのに、自分のことしか考えていなかった。




オーディション、行ってきます。
ぼくがぼくになるために。
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