ぼくがぼくになった日

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あっという間にお盆休みは過ぎ、学園生活に戻ることとなった。


みんなで学園に戻るまでの電車の中で、なまえちゃんの顔が浮かない。


「学園にね、お母さんが来ているかもしれない」


彼女は黙っておいたのに、寮が無人になる期間があることをどこかから聞きつけて携帯に所在を尋ねるメールがきたのに無視をしたのだという。

なまえちゃんが反抗するなんてきっとお母さんからしたら大事件なんだろう。


ぼくたち男子が4人もついてる。大丈夫さ!






予想通り、学園にはお母さんが来ていた。

これから学園長と話すからあなたも来なさいとグッと腕をひくと、なまえちゃんは何も言わなくなった。




「あなたかなり太ったんじゃないの?何キロ増やしたの?3キロ?もっと?あの男の子達はクラスメイト?どうしてお母さんの言うことが聞けないの!約束が守れなければ退学だと言ったはずよね?」


まくし立てるように話し続けるお母さんに、誰も何も言えなかった。



事情を知るぼくらも学園長室に入れられ、張り詰めた空気の中で立ち尽くすのみ。


「学園長、最初にもお話した通り娘はタレントになりたいのではないんです。女優にするために育ててきたんですよ。そのためには多少のグラビアや寄り道程度にアイドルみたいな歌手活動もさせてきたんです。このまま学園を卒業すれば、今のところ女優の在籍のないシャイニング事務所に所属になるのですよね。やっぱり、うちの娘には合いませんわ。退学させていただきます」


「自分のためデスか?」


「なんですって?」


「自分がアイドルとしてもうひと花咲かせたかった、そんなときに生まれた娘に夢を押し付けてるんじゃないのか」


学園長が、ぼくたちが聞いたことのない真面目なトーンで話し出すと、生徒は全員外に出ているようにと言われた。

​───────​──────

「ねぇごめん、急展開過ぎて僕達ついていけてないよね?嶺二もでしょ?」


動揺を隠せず、愛音がなまえちゃんに説明してほしいと言うと、重たそうな口を開いてくれた。



お母さんが昔アイドルをしていたこと。

押し付けかもしれないけど、母子家庭で自分のためにとお母さんからの愛情を一身に受けて育ってきたこと。

お父さんの名前も苗字もはわからないけど、お母さんはずっと未婚であったこと。

特定の現場には入ってこなかったり、どうやらプロデューサーや局の関係者がお父さんなのではないかと言うこと。

だから自分に対して、愛情とは呼びきれないほどのしつけを施してきたんだ、そう話す。



ひびきんと愛音は泣いていた。

けーちゃんは拳を握って、悔いていた。

ぼくはといえば、幼い頃に見たスタジオでちょこんと座る少女の姿を思い出し、いちごみるくの飴を買いにいつものコンビニに走り出した。



ぼくはコンビニから戻ると、なまえちゃんはお母さんと一緒に寮に戻っていったとひびきんが教えてくれた。


学園長とどんな話をしたのかはわからないけれど、どうやら退学は免れたようだった。


彼女の部屋の前まで行くと、お母さんの金切り声が聞こえてきた。

怒ってる。
どうして男の子たちと〜……などと言っている。


娘が悪い遊びに巻き込まれている、そう言ったところだろうか。

そのように思われても仕方がないだろう。

性格が悪いと有名なひびきんと、頭が悪いと評判のぼくとけーちゃん。
愛音はそれを中和してくれる解毒剤みたいな役だけれど、大人から見たら馬鹿がいっぱい娘を囲んでいるのと同じだ。


「寿嶺二くんとは遊ばないようにって子供の頃にも言ったわよね。久しぶりに会えて嬉しい気持ちはわかるけど、お泊まりだなんて信じられないわ!」


「お母さん違うの、本当に何も無いから」


「……今日は私もあなたも興奮していて話し合いにならないわね。また来るわ、じゃあね」


ドアが開く!そう思った頃にはもう遅く、お母さんに会釈をすると、エントランスに向かう後ろ姿が見えなくなるまでそこで見ていた。

「なまえちゃん。ぼく。開けて」


「寿くん?」


鍵が開くと、泣き腫らした真っ赤な目をしてそこに立っていた。


「飴、食べない?元気が出るよ」


なまえちゃんは泣き崩れてしまった。
袋を破いて三角のいちごみるくの飴を取り出すと、彼女の口の中へ入れた。


「あまい……」


そうぼくの目を見て無理して笑った彼女に我慢出来ずに、しゃがみこんで近づいた。


「何もしてあげられなくてごめん」


「そんなことない。今こうやってそばにいてくれてるじゃない」


飴をコロコロと転がす音が聞こえる。幼ごころにお母さんにバレないように早く食べなくてはと噛み砕いていた昔を思い出すと、胸が締め付けられる。



ぼくにはなまえちゃんの痛みなんてわからない。

だけど、今なまえちゃんがさみしい思いをしていることがわかってしまったから。



何も言わずに抱きしめた。



声を殺して震えながらぼくの胸で泣く彼女は、何度もごめんなさいと言っていた。
ぼくに?みんなに?お母さんに?いつも何に謝っているの?

何も聞けなかった。

ただきつく抱きしめると、なまえちゃんも抱きしめ返してくれた。


「飴、とけちゃった。もう泣かないよ」


「いくらだって泣いてもいい」


「………ありがとう」


みんなに内緒の2人だけの部屋。
その後は男同志で泣いたんだ。それはなまえちゃんには秘密だ。


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