ぼくがぼくになった日

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3年生になってから、特になんの仕事のお声はかからなかった。



〖なまえちゃんへ〗
こんにちは、夏休みはまい日とってもあついね。しくだいはおわった?ぼくはまだ全ぜんおわっていません。どくしょかんそう文が大きらいです。
なまえちゃんわおしごともしながらしゅくだい大へんだね。ぼくなんて、まい日しみんプールに行ってあっとゆうまに夕方。今日こそはしゅくだいをやらなくちゃっていつも思っているとねむくなって、夕ごはんだよーって母ちゃんにおこられちゃうんだ。ぼくはみんなにれいちゃんってよばれてるよ。ちゃんとしゅくだいがおわたっら、こんどいっしょにあそぼうね。 れい二






なまえちゃんは隣の市に住むぼくと同じく小3になった女の子だった。


あの日住所を書いてもらえたから文通ができている、なんだか奇跡みたいだ。


〖れいちゃんへ〗
こんにちは、夏休みの宿題は終わりましたか?私は7月中に全部終わったよ!夏休みの前からお母さんに、この日にはこの宿題をって計画を立ててもらっておこられながらだけどね。
私も市民プールに行ってみたいなぁ。日やけしてはダメとお母さんに言われているから行ったことないんだ。学校のプールのじゅ業もいつも見学だよ。つまらないな。
れいちゃんがちゃんと宿題を終わらせていたら、8月31日にデパートの地下のスケートリンクに行きませんか?とってもすずしいよ!お返事まっています。 なまえ




姉ちゃんにも母ちゃんにも、嶺二は熱があるんじゃないか?と心配されるほど一生懸命に宿題をハイパースーパーな速さで終わらせ、手紙での約束の日、本当に涼しいから長袖と手袋も持っておいでと事前にお手紙で教えて貰ってデパートのスケートリンクまで出掛けた。


「れいちゃーん!」


久しぶりに会ったなまえちゃんは肩まで髪が伸びていて、キラキラな星のピン留めをつけていた。


「はい、無料券持ってるの。あげるね」


わーい!もうけっ!お小遣い1000円も貰ってたから、みんな使っちゃおーっと!







「わっ!寒い!」

思っていたよりも冷えているスケートリンクにぼくが体を震わせると、彼女が、ふふっと笑ってくれる。なまえちゃんは慣れた様子で靴をレンタルして、ギュッと紐を締めると、なんだかとっても上手に滑れそうな顔をしていた。


「夏はどこに行っても日焼けしちゃうから、ここで運動するの。お母さんとよく来るんだ」


スケートって運動なの?ぼくにはよくわからない。

まねをしてギュッと靴ひもを結び、あとについてリンクへ滑り出した。



わっ!こんなに滑るの!?手すりを離すなんてぼくには無理!でもかっこいいとこ見せるぞっ!


!!??


「いてて……」


「れいちゃんスケートは初めて?手を繋いで滑ろうか」


開店直後でまだあまり人もいない。
ちょっと恥ずかしかったけど、もこもこの手袋をつけたなまえちゃんの手に引かれて立ち上がると、すっと滑り出した。


​───────​──────


「おなかすいたね!あっちにあるフードコートのハンバーガーショップに食べに行こうよ!」


「ごめんね、私お母さんにお弁当持っていきなさいって言われて、これ。食べるから」


幼稚園のときに持って行っていたくらいの小さなお弁当箱をぼくに見せると、初めてスタジオでお母さんに怒られていた日のような悲しそうな顔を見せた。


本当はポテトも食べたかったし、ハンバーガーを2個食べようと思ってた。
すっごくお腹がすいていたけど、1番小さいお子様ハンバーガーをひとつだけ買ってなまえちゃんの隣でゆっくり食べた。


お弁当にはなんの味もなさそうなブロッコリーにトマト、野菜がいーっぱい、見たことも無いくらい小さなハンバーグとおにぎりがひとつ。ぼくのお子様ハンバーガーのお肉の半分もなさそうなハンバーグ。


「なまえちゃんは少食なの?」


「もう少し食べたいけど、太っちゃうから」


悲しそうな顔の裏にはいつもお母さんの影がちらつく。あまり仲良しではないのかな。うちだって母ちゃんはぼくにすぐ怒るし厳しい。

それでも悲しい思いは、多分経験したことが無い。


「れいちゃん、私そろそろ帰らなくちゃ」


「あ、ちょっとだけここで待ってて!」


スケートの無料チケットのおかげで浮いたお小遣いを握りしめ、すぐ近くのアクセサリーの売ってるテナントへと走った。


300円のかわいい指輪。大きくて真っ赤なハートのついたプラスチックの指輪を袋に入れてもらって、外側にリボンをつけてくださいってお店の人に頼んだ。


「お待たせ!」


なまえちゃんはどこを探してもいなかった。
帰らなくちゃって言っていたし、ぼくが遅かったから帰っちゃったのかな。


その日帰ってから、お手紙を書いた。

〖なまえちゃんへ〗
この前いそいでいたのによりみちしちゃってごめんなさい。またお手紙しようね。れい二


なんだかケンカでもしたあとみたいな気持ちになって、これしか書けなかった。
指輪も一緒に入れて送ろうかと思ったけれど、封筒がぼこぼこの形になってしまって、郵便屋さんに届けてもらえるかわからなかったから辞めておいた。








それからいつまで経っても、手紙の返事は来なかった。

なまえちゃんはぼくのことが嫌いになったんだろう。
きっとクラスの人気者だから、たくさん友達もいるのだろうしぼくのことなんてもう忘れてしまったのかな。
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