ぼくがぼくになった日
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翌年、ぼくは初めてオーディションに呼ばれた。
母ちゃんと離れてスタジオに入ってドキドキがおさまらず手に何度も人と書いて飲み込んでいると、とても髪の短い女の子に話し掛けられた。
「あの、こんにちは」
なまえちゃんだ!
「こんにちは!髪、ずいぶん短く切ったんだね!」
「映画の撮影で短くしなくちゃいけなくて。これじゃ男の子みたいだよ、学校でもみんなに言われちゃった。恥ずかしい」
「あ、ぼくはそんな風に思ったわけじゃないよ!とってもかわいいなぁって」
かわいいと伝えた瞬間、ぼくはとてつもなく恥ずかしいことを言ってしまったのではないかと後悔して、時間つぶしにと持ってきたお絵かき帳に得意なイラストを書き始めた。
「みて、オドロキマン!」
なまえちゃんは手を叩いて喜んでくれた。絵が上手だねとぼくのことを褒めると、私は絵は苦手だから字を書いて見せてあげる、と丁寧な字でお絵かき帳に何かを書き始めた。
「私ね、お習字習ってるの。サインとかも今練習していたり、字を書くのが好きなんだ」
くも
うみ
あおぞら
あ!これ知ってる!
この前学校の硬筆展で書いたやつだ!
「これぼくも書写の時間に書いたよ!」
「本当?じゃあ近くに住んでいるのかな?」
もっと話したいことがあったけれどオーディションの時間になってしまった時、なまえちゃんがすらすらと住所をきれいな字で書いてくれた。
「もっと話したかったけどゴメンね。お手紙送って!じゃあまたね!」
そう残して走り去ると、ぼくは自分の名前すら伝えていないことに気がついた。
そうだ!封筒の裏にオドロキマンの絵を書こう。そうすればすぐにわかってもらえるはず。オドロキマンは…
「はい寿嶺二くん、セリフお願いします」
「オドロキマンの……」
「ん?練習してこなかったのかな?」
文通ができるんだ!と頭がいっぱいだったぼくはみんなの前で恥をかいた。
当然オーディションには不合格。何の仕事もなく、2年生は修了することとなる。