ぼくがぼくになった日
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「母ちゃん母ちゃん!ぼく芸能人になる!またテレビに出てみたい!」
ドラマですべり台を滑るシーンがちゃんと放送されると、予め宣伝していたクラスの友達も見てくれていて、翌朝ぼくは2年3組のヒーローだった。
放課後、公園に行くと大きなガキ大将がぼくのことをキッと睨むと、お菓子をくれたらすべり台をどいてやってもいいぞ、と言ってきた。
いいんだ。ぼくはテレビドラマの撮影ですべり台、使ったもんね。
ふふんと鼻を鳴らすと、その子達はぼくをじーっと見ていた。
それでいい。ぼくはみんなと違う特別な経験をしたのだから妬まれたって仕方が無いもんねー。
家のお手伝いも勉強も頑張るからと母ちゃんに頼み込んで芸能事務所に所属をさせてもらっても、仕事なんて簡単に来るものではなく、子供だったぼくは早々に芸能界という本当はよくわかっていなかったものに飽きてしまった。
プロデューサーさんや関係者が閲覧するであろう宣材写真の撮影、それは仕事でも何でもなく、所属しているジュニアタレント皆がしていることだ。
「寿くん、もっと笑顔!にこにこにこー!」
お姉さんのカメラマンさんがぼくを笑わせてくれるけれど、なかなかうまく笑えない。
「うーん、寿くんは、10分休憩しようか?じゃあ次の子。あ、なまえちゃん!おつかれさまねー!」
なまえちゃん
知ってる。ドラマの撮影で会ったあの子。
「いいねいいねー!そう!じゃあ後ろ向いて首かしげて!そう!素敵よー!」
ぼくは頬が熱くなるのを感じていた。
くるりとターンする度、目が離せなくなる。
正直クラスにもっと美人な子だっているとは思う。
だけどかわいいんだ。
キラキラして、手が届かないほどに……。
「なまえちゃんお疲れさま!じゃあ寿くんもう1回いってみましょう!」
さっきはうまく笑えなかったけれど、あの子を目の前にしてかっこいいところを見せなくちゃと思いっきりスマイルして見せた。
だけれどもぼくのスマイルは彼女には届かず、なまえちゃんはお母さんに怒られていた。
「なまえ!朝言ったでしょう!マッサージはしたの?目が少し腫れているし、今日のあなたは全然可愛くないわ!」
お母さんはひとしきりお説教をすると、どこかに行ってしまった。
大きな椅子に浅く腰掛けてうなだれている彼女に、持ってきた飴をあげた。
「大丈夫?飴あげるから元気だしてね。とっても甘いんだよ」
三角のいちごみるくの飴を手に握らせると
「ごめんね、お母さんからお菓子はダメって言われてるから」
と悲しそうな顔でぼくに戻してきた。
「みて、もう袋あけちゃったよ!だから一緒に食べよう!」
もう一度手に戻すと、なまえちゃんは少し黙った後に周りを見回して、飴をポイッと口に入れて急ぐようにガリガリと噛んだ。
「美味しいね」
2人で顔を見合わせて笑った日、きっとまた会えるんだって自分の食べた飴の袋を大事にぽっけにしまった。