☆薔薇遊戯☆【三兄妹物語り】

□1☆薔薇遊戯☆
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☆薔薇遊戯☆



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年の頃は、七つか、八つか、九つか。

ちょっと下がり気味の大きな瞳に、
左目の下にある小さな泣きボクロ。
悪戯な眼差しと利発そう輝きと、
どこか色のある目は天性のものか。

美形であることに、疑いの余地はない。

十(つなし)の少年が、
緞子(どんす)の織物を手にした婦人の横を、駆け抜けて行った。

その後を、年の頃は、六つか、七つか。

やはり、ちょっと下がり気味の大きな瞳に、
朝摘みの薔薇のような、赤く、みずみずしく、愛らしい唇。
可愛いらしく、初々しく、可憐な仕草に、
無垢な香りを振り撒きながら、追い駆ける少女。

こちらも、疑いの余地はない。美形なことに。

婦人は、手にした織物から目をそらし、兄妹で遊ぶその姿に、
幼き日の、一人遊びをする自分の子供の姿を思い出すと、
微笑まし気に眺めてから、また目線を、緞子に戻した。


(ひとりで、お人形遊びをしていたことが、まるで昨日のことのよう。
まさか金襴緞子の帯を締める日がくるなんて)


ここは栄陽の都でも有名な織物問屋。


目についた織物を、次々、お付きの者に手渡す令嬢。
次々、手渡させる織物を、下から両腕で抱え、
上からあごで押さえるお付きの者。
の、間と間を通り抜ける、少年。
と、追ってきた、少女。
に、あわや、となった、お付きの者。


「あ♡この織物<色>もかわい〜♡あ♡この織物<柄>も♡
あ♡この織物<刺繍>も♡ココからココまで、頂戴♡」

ついに二本の腕では、それを抱えきれなくなったお付きの者。
は、上げられない両手で、お手上げの恰好をする。


真剣な眼差しで、金糸雀<カナリア>色の織物にするか、
蒲公英<タンポポ>色の織物にするか、を、吟味する、お団子頭の中国娘。


(……うーん、どっちにしようかなー。

年に一度の、星見祭りの夜だもん!
オシャレぐらいしなきゃ!)


と、すれ違おうとして、


(で♡

『その衣装、星の黄色より眩しいよ』

なーんて、言われちゃったりなんかしちゃったりして〜♡

で♡

『あ♡流れ星♡』

『なにを願ったんだい?』

『星に願うことなんてなにもないわ♡
だって、あたしの願いは、全てあなたが叶えてくれるもの♡』

なーんて、言っちゃったりなんかしちゃったりなんかして〜♡)


と、百面相をしながらジタバタとさせる手に肩が触れ、
おっと、と、立ち止まった少年。お団子頭の中国娘を見る。
に、追い付いた少女。その身を少年の身に隠すようにすると、
一緒に、お団子頭の中国娘を見る。


(で♡

『あの星と、あの星と、あの星と、あの星と、
あの星と、あの星と、あの星を結んだ、星座の名前、知ってるかい?』

って、聞かれて、

『知らない♡』

って、答えて、

『オレも、知らない♡』

って、なって♡

『じゃあ、ふたりで、考えよっか。
宿屋地中海<エーゲ海>で朝ま<ご宿泊>で』

って、なって〜〜〜♡

なーんちゃって♡なーんちゃって♡

彼氏のバカバカバカ〜♡あたしのバカバカバカ〜♡(ほんとバカ))


ぶつかったことを謝るつもりだったが、
正確には、百面相をしながらジタバタさせる、
お団子頭の中国娘の手が、少年の肩に触れたのだが、
そんなこと意に返さず、


(……うーん、どっちにしようかなー)


と、真剣な眼差しで、金糸雀色の反物にするか、
蒲公英色の反物にするか、を、吟味し直す、
お団子頭の中国娘の邪魔をしないように、
また、走り出した少年。その後を、また、追う少女。

客で賑わう店内を、鬼が来る前に、隠れる場所を探す。


百、数えたら探しに行く。
「もういいかい」なんて、
店内で、大きな声を出すのは禁止<タブー>。
三兄妹で、決めた決まり<ルール>。


器用に、しなう柳のようにしなやかに、縫うように、駆け抜けながら、
その小柄で華奢で細身な体を隠す場所は、いくらでもあった。

在庫室、納品部屋、裁断机の横、縫製机の下、
陳列棚の間、取り置き棚の隙間、カラの つづら の中……。

試着室に隠れていたところを親に見つかり、
「外で遊びなさい!」と、鬼が見つけに来る前に、
親が本物の鬼になることも、日常茶飯事だったが、

客の相手で忙しい両親に代わって、
三兄妹、仲良く遊んでいてくれることを有難く思い、
遊んでやれないことを申し訳なく思うのが親心なら、
「いけません!」と、禁じられた遊びにこそ、
興じたくなるのは子供の性(サガ)で、

「見つかっちゃった♡」

と、その都度、兄は、ぺろり、と、舌を出した。
隠れ場所の隅に、年子の妹を隠したまま。


半地下になっている収納庫は、
上に光取りの窓はついているが、昼間でも少し薄暗い。

そこには、季節外れの織物や規格外の反物をしまっておく、
大きな つづら が、あって、
その奥に、隠れるには、丁度、良さそうな、
小さな つづら が、あった。

しかし、大きな つづら の端が邪魔して、
小さな つづら を手前に引き出せない。

大人二人がかりで持ち出す大きな つづら を、
一人で持ち上げるのは、朝飯前だった。

大きな つづら をどけ、
小さな つづら を手前に、
不自然さがないように、
大きな つづら と、並べ、
小さな つづら を開けると、中には、
織物の端切れや反物の余り布が入っていた。
衣装に仕立てる時の裁断時に出たものだ。
商品でもなければ、捨てるものでもない。


が、入って入れないこともない。


兄の柳娟は、つづら に入ると、やや左に寄って、妹に手を伸ばした。

妹の康琳は、兄に手を引かれ、
やや右寄りに、一緒に、 つづら に入った。

まだ、百を数えられない、
かくれんぼの遊び方のわからない頃から、
自分の後ろをちょこちょこと付いてくる妹を、
自分の隠れ場所に、一緒に、隠してやった。

隠れながら、自分の口元に人差し指を当て、
しーっ、とする兄の真似をし、
自分の口元に人差し指を、しーっ、と当てる妹。


かくれんぼの遊び方<ルール>がわかってからも、
後を追ってきた時は、二人で、一緒に隠れた。


つづら の中に体を横たえた妹の隣に、
自分も体を横たえると、つづら の蓋を閉めた。

つづら の中で、自分の口元に人差し指を当て、
しーっ、とした康琳の真似をして、
柳娟も自分の口元に人差し指を当て、しーっ、とした。


きゅっと、兄の体に抱きつく。
その、冬の苺か、夏の桃の香りのする、
妹の体を、きゅっと、抱き寄せる。


「兄様、せまくない?」

康琳が柳娟の左胸に頬を付け、訊ねた。

「せまい?」

「せまくない」

妹の体を抱きしめながら、
つづら の隙間から、外の様子をうかがう。


to be continued…


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