☆人魚姫遊戯☆

□壱☆人魚姫遊戯☆
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☆人魚姫遊戯☆



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ドボン──────────ッ





(これやから、海は好かん)



男はすぐに、海面目指して もがいたが、
もがくたび 生まれる泡の粒に、
もがくほど、目の前が白く覆われて、
すぐに、上も下もわからなくなった。



(これやから、海は好かん)



やがて、もがく力も尽き、白かった視界が開け、
やがて、目の前に、真っ暗闇の、海中の世界が広がった。


それから、時たま、生まれる泡の粒が、
真珠の粒のように、キラキラと、時たま、見えるだけになった。



(海も、キレイやな……)



それも、次第に、消え入りそうになる。



(山の男が、海で死ぬなんて。陸の上で死にたかったわ)



突然、強い力が、男の体を引っ張った。海底へ。

ぐんぐんと、海の底へと、男の体を引きずり込んでゆく。
小さな泡の粒の輝きとは違う、大きな光の輝きを、瞼の裏で感じた時には、
海底にある、天国の入口かと思った。

この期に及んで、天国を創造したことに、
男は、牙の見える口の端に、フッ、と、小さな笑みを浮かべた。
また小さく、泡の粒が、立った。


大きな満月の上がる海面に、顔を出す。
海底だと思っていたのは海面だった。
ぐいぐいと、体が運ばれてゆき、陸の上に、そっと、横たえられた。



「しっかりしてっ!!」



その声に、男は体を起こそうとした。─────が、体が動かせない。



(女…の声…?)



ペチペチと、頬を叩かれる。

目を開けようとした。が、目が開かない。

目を閉じたまま、美しい女の、白魚のような、白く細い指を想像した。


「ん?」


女の、頬を叩く手が、止まる。


「なーんか、想像と違うわねぇ……」


(誰や……)


「まあ、いいわ。
王子様の命をお救いした、王子様の命の恩人ってコトで。
これで、アタシもお姫様〜♡」


(…なんや……、この打算的なオンナは……)


女の白魚のような指が、男の両頬に触れる。
それから、男の唇に、そっと、やわらかいものが触れた。


フ───ッ、と、息が吹き込まれる。


2回、3回…。

5回、6回。

7回目で、男は、ケホッ、と、
海の水を吐き出し、息を吹き返した。


「よかった」

安堵したような、声がする。



「お名前、おっしゃれますか?」


「…幻狼……」



女の問いかけに、幻狼は、大きく息を吸い込むと、答えた。


「大丈夫ですか?」

女が、また、問いかける。


ああ、と、返事をしようとして、ゴホゴホと、むせてしまう。


「ああっ♡なにもおっしゃらないでっ♡」

幻狼は、ゴホゴホと、むせる。


「まあ♡そんなっ♡出逢ったばかりで、もう、求婚だなんてっ♡
まだ、心の準備がっ♡謹んでお受けいたしますわっ♡」

ゲホゲホとむせる。


「いいえ、幻狼様ッ♡あたしたち、とーってもお似合いですわっ♡」

ゲホゴホと、むせる。


「……ごほっ、オレ、王子、ちゃう」

「え?」

「オレ、王子、ちゃう……、げほっ」

「は?」

幻狼、けほっと、また水を吐き出した。


「だって……」

目を閉じたままでいる幻狼の目の前で、大きな船を指差す。

「だって………」

と、繰り返した女。

「オレ、王子ちゃう」

と、繰り返した幻狼


「なんで王子様でもなんでもない男が、
王子様の船から、海に落ちてくンのよ!?


あんた、誰よっ!?」


「山賊や」

「山賊ぅ?」


タレ目がちな大きな目が、訝しがる。


「なんで山賊の男が、王子様の船から落ちてくンのよ?」


「王子主催の、国中のVIPが呼ばれる夕食会<パーティー>に、
呼ばれたんや。表向きはな。

もし、他国からの攻め込みがあったら真っ先に加勢する代わりに、
他国のモンの、通行料の多重徴収には目をつむる。

政治的なアレや、けほっ」


タレ目がちな大きな目を、大きく見開く。


「じゃ…、まさか……、あなた、王子様じゃ……、ないの………?」

「ちゃう」

「そんなぁ〜〜〜〜〜」

「王子ちゃう。

至t山の山賊の頭や。

お前は……」


「ふざけんじゃないわよっ!人工呼吸<キス>しちゃったじゃないっ!!
返しなさいよねッ!?あたしの初キス<ファーストキス>〜〜〜〜〜ッ!!」

瀕死の男の胸ぐらをつかみ、ガクガクと、ゆする女。


(死ぬ─────)



「ん?」


人が近づいてくる気配と声。


「もう死んでいるでしょう」

「王子はお戻りください!!」

「王子主催の食事会で、死者が出たとなれば、
船上の安全面での過失と、黒い交際が疑われます!」

「そんなことを言っている場合か!!」

「死体の引き上げなら、我々が。秘密裏に」


女は身を翻した。



パシャン─────………



うっすらと目を開けた幻狼。満月に照らされた、
少しタレ目がちの、泣きボクロのある、美しい横顔と、
翻した尾びれが、水を打ったのが、視界の端に入った。


(なんや、あいつ、人魚か……)


幻狼は、牙の見える口の端に、フッ、と笑みを浮かべ、また目を閉じた。



「あ、王子!あそこに、人が倒れております!」

「まだ、息がありますぞ!」

「よかった。これで、過失致死は免れる」

「王子、そんなことを言っている場合ではありませんぞ!」

「あ、ああ、すまない。冗談だ。すぐに、担架を!」

「はっ、直ちに!秘密裏に」


それを、岩場の陰に身を潜め、こそっと、見ていた人魚。


(あれが、王子様♡憂い帯びた声♡涼んだ瞳♡想像通りのお方♡)


もう一度、尾びれを翻し、ぱしゃん、と、水を打つと、
ルンルンルン〜♪と、鼻歌交じりに、海の底へと、戻って行った。



to be continued…


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