☆陰日向遊戯☆【柳宿×房宿】

□5☆陰日向遊戯☆
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☆陰日向遊戯☆

5

畦道に出たところで、康琳は、
ぴたりと、その歩みを止めた。


(ん?)


なにやら、恰幅のいい男と、
康琳と同い年くらいの少女が言い争っている。
こそっと、木の陰にその身をひそめた。

「お前!!客の相手が嫌で、
妓楼から逃げ出してきた娼婦だろっ!?」

「違うね」

「お前からは、風上にいても分かるくらい、
下界の女とは違う、香と粉の匂いがぷんぷんするんだ!」

「それがなんだって言うのさ」

「自分じゃ、ずっと身に付けている匂い袋のように、
その身に染みついて、気づかないんだろうけどな!」

「くそジジイ」

(口の悪いコねェ……)

康琳は、事の次第を見守っていたが、


「このっ、売春婦……!」


と、男が、女の命である、
腰まで伸ばした美しいその少女の髪を、
つかもうとした時、


「おねいちゃんっ!!」


と、自分より少し大人に思えた、その少女のことを呼んだ。

姉と呼ばれた少女と、
少女の髪をつかもうとしていた男はその手を止め、
突然、木の陰から姿を現した、もう一人の少女のことを見る。


(おねいちゃん、と呼んだと言うことは、この女の妹か?)


「お前は?」

「康琳よ」

「お前は、この女の妹か?」

康琳は、ちらりと、姉のことを見る。

「ええ、そう」

姉は、言った。

「うん、そう」

康琳は、こくり、と、頷く。

男は、首をかしげる。


(逃げ出したのは、身寄りのない、
天涯孤独の娼婦だと聞いていたが……。

しかし─────)


血縁関係にある者がいると話が変わってくる。


(この女は、例の妓楼から逃げ出した娼婦ではないのか?

しかし─────)

男は、反対側に首をかしげる。

(妓楼では、血のつながりに関係なく、
姉妹関係を結ぶ者もあると聞くが………)

男は、交互に姉と妹を見た。

姿、形の異なった、
かたや、緋色の髪をした、
切れ長の目の、口の悪い姉。
かたや、菫色の髪色をした、
タレ目がちの、やや粗野な印象の妹。

どちらも別嬪なことに、変わりない。

似ていると言われれば、似ている気はする。
が、似ていないと言われれば、似ていない気もする。

姉は、父似なのだろうか。
妹は、母似なのだろうか。
逆、しかり。

「お前たちは、姉妹なのか?」

「ああ、そうさ」

康琳の芝居にのった、緋色の髪の姉。

「ええ、そうよ」

妹は、菫色の髪を揺らして、もう一度、こくり、と頷く。

「お前たちは、本物の姉妹なのか?」

「ええ、もちろんよ、康琳チャン」

「ええ、もちろんですわ、お姉様」

男は、また、反対側に首をかしげた。

「で、どっちが、逃げ出した娼婦なんだ?」

「こっち」

妹を、指さす姉。

「あ、きったね」

姉を睨む、妹。

「なに、妹を売ってくれてンのよッ!?」

「なに甘ったれたこと言ってんのさっ!」

「可愛い妹をかばう気ないの!?」

「ふん。後に生まれたクセに生意気だねっ」

「なにがあっても、妹を護るのが姉ってもんでしょお!?」

「先に生まれた姉の身代わりになるのが妹ってもんだろ!」

「そンな姉、聞いたことないわよッ!!」

「姉妹喧嘩をするなっ!仲良くしろっ!!」

ぎゃあぎゃあと、姉妹喧嘩するふたりを叱りつける男。

(どちらが娼婦で、どちらが娼婦でないか
この際、大きな問題ではない。
どちらも妓楼に連れていけばわかることだ。

それに─────)

男は、下世話な笑みを浮かべた。

(逃げ出した娼婦の分と、
もうひとり、売り込んだ少女がもし生娘なら、
うまくすれば、金は二倍、いや、三倍、
いや、十倍はもらえるかもしれない。

それに─────)

男は、改めて、この美人姉妹を見た。

(かたや、大人っぽい切れ長の目がセクシーなクールビューティ。
かたや、タレ目がちの目に泣きボクロが可愛らしいキュートガール。
そんな、セクシーなの?キュートなの?どっちが好きなの?と、
聞いてくる、美人姉妹の方がおかしいのだ)

わけのわからない理屈を仕立て上げた男。

(どちらが好きか、どちらも味見してみないわけには、
わかるものもわからない)

男は、ブルッと体を震わせた。


「乗れ」

止めてあった荷馬車を指さす男。

康琳は、男の恰幅のいい体を、右手の人さし指でチョンと
弾こうかと思ったが、
男の命令に、意外にも、姉は素直に従った。

「ほらっ、お前も」

康琳も、ついで、荷馬車の荷台に足をかける。

「ねえねえ、おじさん。
ひとり、妓楼街で降りたら、そのまま北の方まで行ってくんない?」

「乗合タクシーじゃねぇんだ。
それにお前も、おねえちゃんと一緒に妓楼街で降りるんだよ。
ほら、さっさと乗れっ!」

大人しく、男の命令に従ったふたりの姉妹。

男は、ばさりと、荷台の入口を覆う布を下ろす。

振動で、荷馬車が走り出したのがわかった。

荷馬車の荷台に、
揃えた両膝を、片側に倒すようにして座った妹。
姉に訊ねた。


「こんなあっさりつかまっちゃったりしてよかったの?
自分から荷馬車に乗り込んじゃったりして。
あなた、妓楼から逃げ出してきたんでしょ?」




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