☆陰日向遊戯☆【柳宿×房宿】

□2☆陰日向遊戯☆
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☆陰日向遊戯☆

2

どこにでもある市街地─────。

しかし、北へ向かう為には、
通らなければならない東の国に近いこの西の地は、
南より、昼に夜が近いようだった。


男は、二頭の馬の手綱を強く引いて、馬車を止めた。
康琳は、止まった馬車から、ぴょん、と、降りた。

井戸の近くで、噂話に花を咲かせていた婦人たちは、
止まった馬車から降りてきた少女と男を見て、
一瞬、話を止めた。

そして、好奇な目を向けた。


父親にしては近く、友達にしては遠く、
離れた年の差の、男と少女。

男は、特に特筆すべき点のない、中肉中背の成人男性。
一方、少女の方は、ややお転婆な印象は受けるが、
仕立てのよい服に身を包み、
可愛らしい小さな口から覗くキレイな歯並びに、
不良娘や家出少女のようには見えない。

しかし、それも、本当に一瞬のことで、
男と少女が、表参道を外れた裏路地に消える頃にはもう、
婦人たちはさっきの噂話の続きに戻り、
そこには、日常が戻っていた。


それが、この街の、いつもの日常のようだった。


男は、先立って、店の中に入った。
康琳は、男に後について、店に入った。

料理と酒を楽しんでいた客たちは、
店に入ってきた男と少女を見て、
一瞬、箸を止め、好奇な目を向けた。

どう見ても、パパさんとの会食。
見るからに、愛人との密会。
見ようによっては、援助交際。

しかし、男と少女が、空いていた席につくころにはもう、
客たちは、まだ日の高いうちから、月の昇る夜のように、
料理に舌鼓を打ち、酒をあおる、日常に戻っていた。


「お腹、空いたろ。

なんでも好きなものを、好きなだけ頼むといい。
若い娘が、遠慮なんかするもんじゃない」

「じゃ、遠慮なく♡

おじさーん♡肉入り饅頭とぉ、ワンタンとギョーザね♡
あと、海鮮焼きそばと青菜炒めと玉子炒め。
あと、タピオカミルクティー。タピオカ多めで♡」

「アイヨー」


料理が運ばれてくるまでの間、
適当に男の話に相槌を打つ康琳。

「康琳……って言ったね」

「ええ」

「南の、都の方から来たんだって?」

「うん」

「北の方へ行くんだろ」

「そう」

「不安じゃないのかい?」

「ええ」

「不安じゃないのかい?!一人旅なんて」

「ええ」

南でも北でも、都育ちの娘が、村育ちの娘より、
進歩的なことに間違いはないが……。
最近の娘は、こんなにも進歩的過ぎるものなのか……。
進歩的過ぎて、退廃的にすら聞こえるその答えに、
男は、質問を変えた。

「ボーイフレンドは?」

「ええ」

「心配じゃないのかい?」

「ええ」

「心配じゃないのかい?!
都に、ボーイフレンドを一人残してぇ!?」

「ええ」

康琳は、頷くと、

「ひとり、じゃないから」

と、言った。

娘の、どこか投げやりな感じのハスキーな声が
聞き取れなかったわけではなかったし、
娘が、なにを言っているのか、わからないハズもなかった。

男は、改めてジロジロと娘を見た。

「ボーイフレンドたちは、さぞや心配だろう。
こんなに美人で可愛い娘が、自由気ままな一人旅だなんて」

「そぉね」

と、相槌を適当に打った時、

「オマタセシマシタ〜。
肉入り饅頭と、ワンタンとギョーザと、
海鮮焼きそばと青菜炒めと玉子炒め、アルヨ。
アト、タピオカミルクティー。タピオカ多めデ〜ス、アルヨ」

料理が運ばれてきた。


「わ〜♡おいしそ〜♡」

「お腹、空いたろ。

なんでも好きなものを、食べたいだけ食べるといい。
若い娘が、遠慮なんかするもんじゃない」

じゃ、遠慮なく♡と、
念願の肉入り饅頭に手を伸ばした時、
後ろの席で、炙ったイカをアテに酒を呑む、
二人の男の会話が、聞こえてきた。


「若い、身寄りのない娼婦がひとり、妓楼から逃げ出したらしい」


男も噂話好きなのは、この街の、いつもの日常のようだった。


(妓楼ねぇ……)


康琳は、ぱくり、と、肉入り饅頭に、かぶりつきながら、
ぴくり、と、好奇の心で、聞き耳を立てる。




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