☆ご指名遊戯☆【翼宿side】
□最終話☆ご指名遊戯☆
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☆ご指名遊戯☆
最終話
赤地に金の鳳凰が刺繍された、ノースリーブの丈の短いチャイナドレス。
スリットからのぞく、すらりと伸びたおみ足が眩しい。
細い腰に、主張しない胸。
三つ編みを、右耳の後ろでひとつにまとめたお団子に、
あしらった赤い花飾りが、なんとも愛らしい。
短い時間でお色直しをしたのか、
少し乱れた後れ毛も、きちんとまとめ直されていた。
「お疲れさまでしたぁ♡」
親しみやすくも、気品ある雰囲気をまとい、
冷たい茉莉花茶を運んできた天使は、
客人がそれに一口、口を付けてから、
手にしていたそれを、差し出した。
「これ、書いてもらってもいい?」
「なんやそれ?」
「アンケート」
「なに書けばええねん?」
「なんでも♡思ったこと」
女は、笑顔を絶やさずに言った。
翼宿は、差し出された、アンケート用紙と筆を受け取る。
(マッサージは、いかがでしたか?良・並・悪)
(会話は、いかがでしたか?良・並・悪)
(サービスは、いかがでしたか?良・並・悪)
翼宿は、良、に、〇をつけた。
(女神は、いかがでしたか?本人・他人の空似・別人)
翼宿は、本人、に、〇をした。
(何点でしたか?)
翼宿は、100点と、書き書き込んだ。
その後に、10点満点だったことに気づいたが、無視した。
「書けたで」
アンケート用紙と筆を、返す。
「ありがとー♡」
アンケート用紙と筆を、受け取る。
「お前、本人やろ」
「いーえー♡」
リンリンは、タレ目がちの目を細めて、ニコニコと、
笑顔を絶やさず、否定する。
「柳宿とちゃうんか」
「本日は、ご利用誠にありがとうございました♡」
「柳宿とちゃうんとちゃうんか」
「今日は、お水を多めに取って、お酒は控えてくださいね♡」
「柳宿とちゃうんとちゃうんとちゃうんか」
「忘れ物ない?鉄扇持った?」
良心的かつ誘導的に、それでいて事務的にならぬよう、
仕切りまで、先導しようとしたリンリンの手首を、翼宿は、掴んだ。
「てか、お前、柳宿やん」
「てか、お客サン、お触りはダメですよ」
翼宿は、リンリンの手首をはなさない。
「でも……」
「だからっ、違うってっ」
リンリンは、タレ目がちの目を細めて、ニコニコと、
笑顔を絶やさず、しかし、はっきりと、否定した。
翼宿は、リンリンの手首をはなした。
「そやかて、その顔……」
「お客様はね、そうやって、
暗がりの部屋で見るわたしたちに、夢や面影を見るんです。
それが、あたしたちのお仕事だから」
「そやかて、その声……」
「わたしたちはね、そうやって、
お客様が、望む事、喜ぶ事、嬉しがる事を、嘘でも、口にするんです。
それが、あたしたちのお仕事だから」
「そやかて、そのホクロ……」
「ああ、これ?」
リンリンが、左手の人差し指で、左目下に軽く触れた。
「………」
「付けたでしょ?オプション」
「………」
翼宿は、言葉を失う。
「ちなみに、お値段、コチラになります♡」
「たっか!!!」
もう一度、違う意味で、言葉を失う。
「………」
「人気あるのよ〜。左目下の泣きボクロ♡」
「でも………」
「でも─────」
翼宿が、なにか言葉を言う前に、リンリンが、
「きっと、お客サンのどんな姿を見ても、
誰も、このバカッ!!なんて、言わないと思う。
どんな姿だって、どんな場所だって、どんな時だって、
生きていくのって大変なことだけど、
どんな姿でも、どんな場所でも、
どんな時でも、生きていかなきゃ。
生きていれば、辛いことや苦しいこともあるけど、
生きていれば、楽しいことも、きっと、良い事もあるから。
これから、巡り会える人たちも、いっぱいいるはずだし。
生きていればね」
と、言って、もう一度、左目下に付けボクロを付け直した。
「これは、本音♡」
リンリンは小首をかしげた。
「あたし、そんなにその女神様に似てる?」
「ん?」
翼宿は、首をかしげる。
「ん─────??」
まじまじと、暗がりの部屋で、その顔を見る。
「ようわからん」
翼宿は、言う。
「ようわからん奴やねん、あいつは。
ナリも、なにが言いたいんかも、ないがしたいんかも」
翼宿は、続けた。
「ようわからん奴やったけど、度胸があって、愛嬌があって、
むちゃくちゃエエ奴で、ちょっとぉ、勝手でぇ、
まあ、ベッピンなんやろなァ」
翼宿は、言った。
「本物の女神様なんて、そんなもんよぉ♡
でも、きっと、いっつも、どこかで、見守ってくれてるはず。
なーんてね♡」
その口調に、夢や面影を見る間もなく、
「お時間になりました♡」
と、今度こそ、リンリンは言った。
『今度、指名してえーか?』
言おうとして、翼宿はやめた。
「楽しかったわ。おおきに」
「こちらこそ♡楽しかった♡」
『今度、指名してね♡』
リンリンも、言わなかった。
ただ、別れ際渡された花名刺の裏に、
なにか、個人的な数字の羅列が、書いてあった。
怪しげなマッサージ店を後にした翼宿。
どこか楽しげに風が吹き、それは歌のように聴こえた。
まだ冷たさの残る夜に、まだ春の香りは香らない。
香るのは香油の残り香。
けれども、ふと、変わった風向きに、
巡る季節は、もう少し先で、そう遠くない。
☆ご指名遊戯☆ 完