名探偵コナン
□約束された朝食
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ー寝てないんだろ、大丈夫か?ー
頭に微かに残る声。人が亡くなった時、声からその存在を忘れるというが、その日が訪れるのはそう遠くないように思えた。
(スコッチのことを思い出すなんてーー)
思い出すきっかけとなったのは間違いなくサングリアの発言だ。警察でも組織でも卒なく仕事をこなす自分の体調を気にかける人物などこれまで殆ど居なかった。
彼女に肩入れし過ぎてはいけない、そう思う程にサングリアとスコッチの面影が重なってしょうがない。
(もう寝てしまおうーー)
ソファへ横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。
『バーボン、貴方次の任務はサングリアとなんですって?』
車の助手席に乗ったベルモットが退屈そうに聞く。
「えぇ、そうですよ。何か?」
視線を前に向けたまま返す。
『彼女、疑われてるのよ。スパイなんじゃないかって』
それは初めて聞く話だった。サングリアという人物が居ることは知っていたが、女性だということしか把握していなかった。
「へぇ。それで?」
目線だけベルモットの方へ遣ると、彼女は窓の方を向いて言った。
『彼女がスパイかどうかを調べなさい。貴方だってジンからは疑われたままなんだからーー』
ベルモットはサングリアを贄にして生き残れ、と言いたいらしかった。もしかしたら言いづらさから視線を外へ向けたのかもしれない。
ジンに疑われ始めたのは、公安からノックリストが流出した時からだろう。あれは手痛いミスだったが、辛うじて自分の情報は守られた。
あの時の情報にサングリアの名前は無かったように思うが、あり得ない話でもない。
上手く事を運べば公安で保護して情報を色々と聞き出せるかもしれないし、一体どうしたものかと考えながら運転していると
「バーボン?起きてますか?」
と声が聞こえた。ベルモットでは無いこの声はーー
「っっ!」
身体を跳ね起こして携帯を見ると、予定の起床時間を5分過ぎていた。寝不足が祟ってアラームに気づかなかったらしい。
「バーボン?」
扉の外から声を掛けてくるサングリアに心の中で感謝する。
「起きてます、大丈夫ですよ」
声を掛けるとサングリアは「あ、良かったです。すみません」と申し訳なさそうに言い、リビングへ戻って行った。
夢の話は、先日実際にベルモットと行動を共にした時のものだ。
サングリアは組織の人間にしては人が良過ぎる様にも思う。ベルモットの言う通り、スパイと見る方が正しいのかもしれない。
服を着替えて部屋を出ると、イヤホンを耳にしたサングリアがこちらに気付き微笑んだ。
「起きて来ないんで、何かあったのかと思いました。すみません」
実際寝過ごしていた、という事は言わなくても良いだろう。
「いえ。それより、何か動きがあったんですか?」
サングリアの片耳にぶら下がるイヤホンを見て尋ねる。
「出掛けるみたいです」
サングリアは隣室を指差して言った。
「そうですか。行先では随時連絡してください。何かあれば僕もそちらへ向かいますから」
上着を羽織りながら声を掛けるが返事は返ってこなかった。サングリアの方を見遣ると、彼女は監視カメラのモニターを虚ろな目で見つめて言った。
「……怪しい動きを見せたら殺せ、なんですよね」
モニターには対象が子供と仲睦まじく遊ぶ姿が映っている。
「……貴方はどうしてこの組織に入ったんですか?」
気になって尋ねると、彼女は視線を上げてこちらを見た。
「貴方はこの組織に向いていないんじゃないかと、そう思いますが」
サングリアの出方を伺うと、彼女は目を伏せて言った。
「私には……果たさなければならない目的がありますから。でもーー」
サングリアはこちらを直視して言う。
「出来るなら誰も殺したくはありません。勿論、バーボンの事も。ジンに疑われていますよ、ご存知ですか?」
サングリアの発言から察するに、どうやら別任務で監視対象がもう1人いたのは自分だけじゃなかったらしいーー、自嘲気味に笑うとそのまま玄関へ向かう。
「バーボン!」
サングリアが自身を呼び止めようと声をあげる。
「お互い様ですよ」
そう言って振り返ると、彼女は切なげに言った。
「この任務が終わった時、誰も死なずに生きていたとしたら……バーボンの作る朝ご飯をまた食べたいです」
また飯、作ってくれよーー忘れかけたスコッチの声が頭に木霊する。
(本当に、この人はーー)
バーボンはサングリアに苦笑しながら応えた。
「えぇ、その時は是非ポアロという店へ来て下さい。サービスしますよ」