名探偵コナン
□約束された朝食
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ベーコンの香ばしい匂いで目が覚めた朝、名前は自らが所属する組織の上司と朝食を共にしていた。
「サングリア、寝坊が過ぎますよ」
「……見事な朝食ですね」
朝が弱い為、朝食をとる行為そのものが名前にとっては珍しく、目の前の光景は文化的な生活に感じた。
「大したものはありませんが、冷める前に食べてしまいましょう」
澄ました顔で言ったバーボンに、とてもじゃないが「私は朝食は食べない派だ」とは言えなかった。
事の始まりはつい2週間前、組織に関わった人間を暫く監視するようジンに言いつけられた。
標的となる人物はマンション住まいで、空家となっている隣家から監視を行うというのが任務の内容だった。
「バーボンと二人で24時間監視しろ」
バーボンの話は噂で耳にしたことがあった。組むのは初めてだが、組織の重要人物であることは間違いない。組織に潜入する名前にとっては、大いに収穫が期待出来る任務だ。
「了解」
任務に関する詳細の指示を受け、その場を後にしようとした時、ジンが背後から声を掛けてきた。
「それからーー」
ジンが名前を呼び止める度に、名前は生きた心地がしなかった。銃を構えてスパイの私を嘲笑っているのではないかという恐怖に、一筋の汗が背中を伝う。
「対象とバーボン、どっちも怪しい動きを見せたら殺せ」
名前は自分の話では無かった事に内心安堵の息を漏らし、尋ねる。
「バーボンも?」
名前が振り返ると、ジンの凍てついた視線が自身を貫いていた。もしかしたらバーボンだけでなく、自分も疑われているのかもしれない、そう感じる視線だ。
「俺はアイツがネズミだと思ってる。いいな、動きを見せたら必ずだ」
煙草の吸殻を踏みつけると、ジンはもう名前に興味が無いと言うかのように去って行った。
「怖い男(ひと)」
本音を小さく零した名前の眼には、侮蔑の色が混ざっていた。
「ーーサングリア、聞いてますか」
バーボンの声にハッとして顔を向けると、少し不服そうにした男の顔がそこにはあった。
「あぁ、ごめんなさい。少し考え事をしていて」
「……僕は午後、別用務で潜入している店へ出勤しなければいけないので、午後の監視は任せても良いですか?」
忙しい男だ、と思う。
「私の方は問題ありませんよ。でも、大丈夫ですか?今から休んでも午後の出勤までは数時間も寝られないでしょう」
バーボンは昨夜「夜の間は自分が監視をする」と寝ずの番をしていたはずだ。暫くの間仕事を共にする男だ、体調が気になった。
するとバーボンは食事の手を止めて言った。
「この組織で体調の心配をされるのは、随分と久し振りですね……大丈夫ですよ、3時間も寝られれば」
バーボンは戸惑ったように微かに笑った。
「あなたには、体調を心配してくれる女性がいるんですね」
バーボンに近しい人間を知るチャンスかもしれないと、少し戯けた調子で尋ねると、バーボンは目を伏せたまま
「男ですよ」
とだけ言った。その表情からは何も読み取ることはできない。心配してくれる相手が恋人だったら良い情報になったのに、と名前は残念に思う。
「……なぁんだ。ちなみに、どこの店に潜入してるんですか?」
バーボンの情報を少しでも聞き出す為、後輩の立場を利用して無邪気に、あくまでさり気なく情報を聞き出すことにした。
「喫茶店ですよ。ここから30分の距離ですから、お昼前にはマンションを出ます」
バーボンは淡々と告げる。
「なるべく早く戻りますから」
会話だけは新婚カップルのようだ、と思うとおかしかった。 場合によっては、名前はバーボンの命を奪わなければならないというのに。
「バーボン」
あなたはジンに疑われている、そう伝えることでバーボンの信頼を得られるのではないかと思い口を開いたが、既の所で踏みとどまった。
「何ですか?」
バーボンは不思議そうにこちらを見る。
「……食器は私が片付けておきますから、食べ終わったら台所へ置いておいて下さい」
そう言って笑顔を取り繕う。
まだ時間は沢山あるのだ、今事実を告げて彼の僅かな睡眠時間を削るのは申し訳ないと思った。少しバーボンに肩入れしすぎているのかもしれない。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、少し休ませてもらいます。何かあったら起こして下さい」
そう言ってバーボンは別室へと消えた。