恋に落ちる音がした

□4
1ページ/2ページ


「帰り道で絡まれた⁉」

名前の肩を掴んで前後に揺さぶるのは、名前の勤める出版社の後輩、要(かなめ)である。

「要ちゃん、あんまり揺さぶられると気持ち悪くなっちゃう」

要は名前の言葉に手を離すも、代わりに顔をグッと近付け心配する。

「で、大丈夫だったんですか!名前さんの帰り道、いかがわしい店が多いですけど……」

要の言葉に名前は苦笑しながら答える。

「いかがわしい店って……大丈夫だったよ。ホストの人が助けてくれたの」

本当の所、絡まれたのではなく襲われた、が表現としては相応しく、服も破かれて大丈夫とは言い難かったが何だか言いづらくて適当に誤魔化した。

「ホストがですか?……まぁ、何も無かったなら良いんですけど」

要は納得がいかないようにコーヒーを啜った。

彼女の言わんとするところは、何となくだが分かる。名前もこの間までは要と同じ考えだったのだ。ホストに助けられるなんて今まで想像をしたこともなかった。

「思い込みって、本当いけないよね。皆、凄く優しくしてくれたんだから」

要は未だ疑い深い目で名前の話を聞いている。

「それでね、要ちゃんにお願いがあるんだけど」

名前が手を合わせて言うと、要は言葉を被せるようにして言った。

「ホストクラブに行きたい、なんてのはお断りですよ。私、チャラついた男が一番苦手なんです」

「違う違う!助けて頂いたお礼に何か差し入れしたくって。要ちゃん、この間お菓子の特集記事書いてたでしょ?何かお薦めがあれば教えて頂きたいのですが……」

要は先日、仕事で人気のお菓子特集の取材をしたばかりであった。
名前が低姿勢でお願いすると

「はぁ。名前さんも本当律儀なんだから。ホスト、はまらないで下さいよ」

と溜息交じりに了承した。

「さすが要様!じゃあ早速なんだけど、土曜日付き合ってもらえる?」

名前の変わり身の速さに呆れた笑いを漏らしながらも「はいはい」と答えた要の土曜日は、こうして丸1日潰れることになった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ