恋に落ちる音がした
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「なぁ、切島さ」
名前を見送る為に切島が外へ出て、2人きりとなった空間で上鳴が真剣な声音で呟いた。
「ぁ?」
爆豪は掃除していた手を止めて上鳴を見る。
「絶対名前ちゃんの事好きだよな」
そう言った上鳴の顔は、真剣な声とは裏腹にだらしなくニヤけていた。
「……アホか」
反応した自分さえも馬鹿らしく思えて一度舌打ちをする。そうだ、上鳴という男はこういう奴だった。
「いやいやいや、これ結構真剣な話よ?だって珍しーじゃん、切島が客じゃない子に名刺渡すなんてさ」
確かに切島の性格上、仕事でもないのに悪戯に名刺を渡すことはしないだろう。しかし、否、だからこそ
「あり得なくもねーだろ。アイツは襲われてんだ。寧ろそっちの方が切島らしい」
爆豪はそう言って掃除を再開する。そう、義理人情に厚い切島は、きっと相手が誰だろうとそうしただろう。
「そうかなー。結構2人良い感じだと思ったんだけどな」
上鳴は拭いていた机に肘をついて言った。
「オイ、手ぇ動かせ」
爆豪の額に青筋が立つのを見て、上鳴は引きつった笑いを見せた。
「はいはいー、掃除ですね」
上鳴の言う事を真に受ける訳ではないが、少し、切島が戻ってくるのが遅いように感じた。
きっと上鳴のどうでも良い話に付き合わされてイラついているからだろう。早く戻ってこい、切島。
そもそもどうでも良い話だ。切島がどいつを好きになろうと、それはプライベートな話で他人が干渉する事じゃない。
「2人共、悪かった」
切島がやっと外から戻ってきた。いつも通り通常運転、そんな顔をしている切島に少しイラッとした。
おー、と切島に返す上鳴にもイラッとする。お前が要らない話をしたせいでこっちは苛立っているというのに。
「?」
どうしたんだ、という顔でキョトンとしている切島に何か言ってやりたい。そうじゃなきゃ気が済まなかった。
「おい」
静かな怒りを察知した切島が目を丸くして「なに、なに?」と狼狽えている。
そりゃそうだ。コイツは何も知らない。ただ善意で女を車まで見送っただけなのだから。いや、もう善意なのかも分からない。それすら分からない程に苛立ちは募っていた。
「お前、名前の事が好きなんか」
「「は?」」
切島と上鳴の間の抜けた声に余計イラついた。
「だから……あの女の事が好きなんかって聞いてんだろーがあぁぁ!!!」
爆豪は言った後、すぐに後悔した。2人のポカンとした後にやってきたニヤけ顔を見て、今日はきっと日が変わるまで今の発言を揶揄われるという確信を持ったから。