恋に落ちる音がした

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男たちの職場は路地の横に立つビルにあった。
地下に降りていく階段は薄暗いが、階段、壁、照明、どれをとっても煌びやかだ。

「UA、ですか……?」

「そ、俺たちの働くホストクラブUA」

男たちが開けた扉の奥には、テレビで見たことのあるホストクラブの世界が広がっていた。


「そこ座ってていいぜ」

先程から名前に優しく声を掛けるのは上鳴電気。細身に軟派な格好をした彼は、いかにもホストといった体(てい)である。

「あ、もしもし。タクシー1台お願いしたいんスけど」

タクシーを呼んでくれているのは切島鋭児郎。上鳴曰く、漢の中の漢といった人らしいが、そんな人の職業がホストというのは意外な気がした。

「タクシー来るのに時間掛かるらしいわ。悪いけどもう少し待ってくれよ」

「はい、私は大丈夫ですけど……その、お店の方は大丈夫ですか?」

格好が格好なだけに、人の目から隠れられる場所の提供はありがたかったが、いずれ従業員や客がやってくるだろう。開店時間が気になって名前は尋ねた。開店時間によっては、自分が居ることで彼らの邪魔にもなるだろう。

「まだ全然時間はあるから」

それだけ言ってニカっと笑う切島の笑顔が眩しく映る。この笑顔に射抜かれる女性は少なくないはずだ。

コトッ

名前の目の前の机にティーカップが置かれる。

「飲めよ」

湯気を立てるコーヒーを名前に勧めてくれたのは爆豪勝己である。先程からずっと無愛想だが、さり気無い気遣いが様になっている彼は、このホストクラブの指名No.1らしい。人気な理由が少し分かる気がした。

「ありがとうございます。お気遣い頂いて……」

「……気にすんな」

爆豪はぶっきらぼうにそう言うと、向かいのソファにどかっと腰を掛けた。

「名前ちゃん、この後一人で大丈夫か?何だったら家まで送ってくぜ」

切島が心配して声を掛ける。

「大丈夫です。本当、今日はたまたま絡まれてしまっただけで……何から何までありがとうございます」

「……じゃあ、帰り道で何かあったらすぐ呼んでくれよ。駆けつけるから」

普段は誰の目にもかからない程地味な為、切島の心配は杞憂に終わりそうだが、だからといって申出を断れるような雰囲気では無かった。

「……はい」

眉を下げて名前が答えると、切島はこれ、と名刺を差し出した。

「ほんと、何かあったら言って」

渡された名刺の裏には連絡先が記載してある。真っ直ぐな目をした人だ、営業や下心からではなく、本心から心配して言ってくれているのだろう。

その気持ちが嬉しい名前は、貰った名刺に再び視線を落とす。

「何か……キラキラしてる」

色んな角度から名刺を見る名前に、切島は困ったように笑った。

「珍しいか?ホストの名刺」

はいーーそう言おうとした時、上鳴が間に割りいった。

「名前ちゃん、俺のも貰ってよ」

差し出された名刺を受け取ると、名刺から上鳴の匂いがした。

「これ……香水ですか?」

「当たりー。やっぱ女の子にはいつでも俺のことを思い出してもらいたいからさ」

へへっと上鳴さんは笑う。一見チャラついて見えるが、これも営業努力……仕事熱心なのだ、きっと。

「なるほど……頭が下がります」

へへーっと拝むように名刺を掲げると、上鳴が笑う。

「名前ちゃん、反応可愛過ぎ」

楽しくてしょうがない、と言わんばかりに笑う上鳴に名前も釣られて笑った。

「笑った顔も良いね。あ、俺には困ってなくても連絡くれて良いからね」

上鳴の調子良い発言も、今の名前には心地良く聞こえた。嫌なことがあった後だからか、気を紛らわすのには丁度で、これは上鳴なりの心遣いなのだと悟る。

暫くすると爆豪が立ち上がって言った。

「そろそろタクシー来んだろ」

確かにもうそろそろ外で待っていた方が良いかもしれない、名前も爆豪に次いで立ち上がる。

「あ、爆豪さん、私ここで大丈夫です。皆さんも本当に色々ありがとうございました。この御礼は後日、必ず伺って……」

扉を開けて外へ出ようとする爆豪を制しながら3人に礼を伝えると、切島が名前の前に立って言った。

「礼なんか良いって。今度店の前通る時にでもまた元気な顔見せてくれよ。あと、車まで送るよ。爆豪と上鳴は開店の準備しててくれ」

切島は名前の肩にポンと手を置いてそう告げると、名前を先導するように爆豪の開けた扉から外へ出て行った。
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