獄都事変
□通学
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平腹の場合
「あれ、苗字じゃん!こんなところで会うなんて珍しいなー」
寝坊した朝、必死でママチャリを漕いでいると平腹に遭遇した。
「ぁっ、平腹っ!おはよっ、急がないとっ、平腹も、遅刻する、よっ!」
全力で自転車を漕ぐ苗字に合流した平腹は余裕の顔で苗字と並走する。
「ふぉ?ならもっと早く漕げばいいんじゃね」
そう言うと平腹は一段とスピードを上げて、苗字を置き去っていく。
「ちょちょちょちょ、待って!待って平腹あぁーー」
走り去っていく平腹の自転車をよくよく見てみれば、彼の自転車はクロスバイク。苗字のママチャリとは生まれ持った才能がまるで違う。
「あり?苗字、なんでそんな遅ぇーの?ほんとに遅刻するぞ」
苗字の声を聞いて止まった平腹の顔は何とも涼しげである。
「いや、アンタの自転車と私のママチャリじゃ私不利でしょ。ちょっと交換してよ」
頼み事をする側の態度では無いが、この際気にしない。今は二人、もとい私が遅刻しない方法を考えよう、と苗字は鼻を鳴らす。
「いいけど、学校着いたらチャリ返せよなー」
気の良い奴だ。勿論、と答えながら交換したクロスバイクを見ると、椅子の位置が腰より高く乗り方が分からない。
「ねぇ、ちょっとこれ椅子高すぎ……」
横を向くと、平腹はママチャリの椅子の低さに随分と乗りづらそうにしている。
「なぁ苗字ー、これ乗りづれぇんだけど」
二人の脚の長さに口角をヒクつかせた苗字は前を向いて、何とか自転車に跨る。
「文句言わない……よし、何とか乗れた。行くよ!」
先程より軽やかに回るペダルに僅かに希望が湧いてくる。
「ねぇ平腹、これだったら何とか……」
爽やかな風を受けながら横を振り向くと、先程まで横にいた平腹がいつのまにかいなくなっていた。
「あれ?」
キーンコーンカーンコーン
「苗字。珍しいね、遅刻なんて」
HR後、隣の席の木舌が話しかけてくる。
「いや、寝坊してね。途中平腹と会って、自転車交換して学校向かってたんだけど……平腹の脚力に私のママチャリが耐えられずチェーン外れちゃってさ、結局二人とも遅刻しちゃったのよねー」
「朝から大変だったね」
「ほんとそれ」
【二人揃って遅刻する】