獄都事変

□朝顔
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地獄の首都、獄都ーー
今日も獄都で事件は起こる。


「生者が獄都へ迷い込んだ。探し出してこの世へ送り返せ」

肋角さんからの命令に、はい、と返して部屋を出る。

通常、生者はこの世と地獄を自由に行き来する事は出来ない。おそらく何らかの理由で地獄とこの世を繋ぐ穴が空き、そこから生者は迷い込んだのだろう。
以前にもギアラが結界を壊した所為で生者が大量に迷い込んできた事がある。もし今回も同様に結界が壊れているのなら、急がないと迷い込む生者は増える一方だ。
急ごう、そう溢した斬島は帽子を深く被って館を後にした。



館を出た斬島は、西へ少しの距離にある丘へと向かっていた。
目撃情報はこの丘の近くに集中しており、丘の頂には結界となる社も建っていた。社の状態を確認する道すがら生者が見つかれば良いのだが、そう考えた斬島は緩やかな坂道を登っていく。

以前谷裂と登ったことのあるこの丘は、走ると頂上まで20分もかからない。

(あの時はぬかるんだ道で滑ってしまい、谷裂との競争に負けてしまったんだったな)

そんな事を思い出しながら歩みを進めていくと漸く視界が開けた。どうやら頂上に着いたようだ。

「これは……」

斬島の視界に映ったのは、社を装飾していたであろう千切れた注連縄だった。

「こんなにも太い縄がどうやって切れたんだろうか」

この社は小規模なものだったので注連縄は大して大きくなかったが、通常のロープよりはずっと太い。
斬島は地面に落ちていた注連縄を拾い上げて、ふむ、と顎に手を当てる。注連縄の切れ端には焼け焦げた跡がある。雷でも落ちたのかもしれない。

注連縄は幸いにも長さに余裕があり、結び直せば一時的でも結界は作り直せるように思えた。
しかし、解けかけた注連縄を結び直すにはあと二つ手が必要である。

「一人では駄目だな。佐疫を呼ぶか」

そう呟いてデバイスを手にした時、背後に人の気配を感じた。

「……お前が生者か?」

そこには1人の女が立っていた。

「あの、私……いえ、あなたは人間ですか?」

目の前の生者は随分と狼狽していた。

「いや、俺は人間ではない。この地獄に住まう鬼だ」

そう言うと彼女は青ざめた表情で鬼、と一言だけ呟いた。

「俺は地獄へ迷い込んだ生者をこの世へ送り帰す任務でここへ来た。怯える必要はない」

警戒している彼女を安心させようと語り掛けるが、それを聞いた彼女は言った。

「送り、返す……私を助けてくれるんですか?どうして?ここの化け物は皆、私を追いかけて襲ってきたのに……」

彼女の瞳は疑心で揺れている。随分と怖い思いをしたらしい。

「……亡者が生者に手を出すのはご法度だ。俺のような鬼は、そうやって罪を犯した亡者を捉えて地獄に連行することを役目としている。つまりーー」

彼女をチラリと見ると、服には泥が付着し、膝は擦り剥けている。この地獄を随分と逃げ回っていたに違いない。

「生者を無事この世へ送り返すということは、延いては亡者に罪を犯させないということになる。だから、お前を助けるのは俺の役目だ。来るのが遅くなってすまなかった」

斬島がそう返すと彼女は安心したのだろう、涙をボロボロと溢して言った。

「私、助かるんですね。良かった、本当に……ありがとう」

泣きながら喜ぶその姿は、鬼の斬島から見るととても不思議な光景に映った。

(生者の感情はよく分からないがーー)

きっと「ありがとう」は笑顔の方がよく似合うだろう、そう思った。
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