獄都事変

□休息の庭
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ある夏の昼下がり、自室の暑さに耐えかねた苗字は食堂を訪れていた。

「あら、苗字ちゃん。どうしたの?」

涼しげな顔をしたキリカが厨房から顔を出した。

「部屋が暑くて……何か飲み物をいただけませんか」

キリカが片頬に手を当て考える。

「そうねぇ。ならおばちゃんが作ったレモネードはどうかしら?」

苗字が是非、と答えるとキリカは

「ちょっと待っててね」

と言い残し、厨房へと消えた。

こんなにも暑いというのに、獄卒の多くは任務に出ている。不憫としか言いようがないだろう。この季節の任務はやはり夜に限る。

苗字が食堂の椅子に腰掛けふと外を見遣ると、1人の獄卒が木陰で休息を取っているのが見えた。

「あらぁ。田噛ちゃんあんな所で……何だか猫みたいね」

レモネードを片手にしたキリカが苗字の目線を追って声にした。

確かに涼しい場所を見つけてハンモックの中に収まるその姿は猫のようにも見える。

「あ、すみません。いただきます」

キリカからコップを受け取って礼を述べると、その足で田噛の元へと向かった。



「田噛、随分涼しそうな場所で寝てるね」

田噛に近付いて声を掛けるが返事は無い。太陽が真上に昇っているというのに、辺りは少し薄暗く、昼寝には好条件だと思われた。

「さすが猫……」

涼しい場所を見つけるのは大得意、というわけか。長時間寝ることを見越して、太陽の動きも計算したのだろう。賢さをこんなところで見せる田噛に笑みが零れる。

賢いなら私の気持ちに気付いてくれても良いのに、と苗字は思う。苗字は長らく田噛に想いを寄せていた。未だに想いを告げられずにいるのは、関係が壊れることを畏れているからだった。

苗字は、コップになみなみとつがれたレモネードに口を付ける。

「あ、美味しい」

蜂蜜の甘さがレモンの爽やかさを引き立てていて、何とも美味である。

「キリカさんのレモネード飲めないなんて、田噛ほんと勿体ないよ」

ぼそりと呟くもやはり反応は無く、深い眠りについているようだった。

「味あわせてあげようか」

田噛が寝ている今なら気持ちを告げられるような気がして、苗字は田噛の顔を覗き込み、触れるだけの口付けをした。

起こさないように静かに離れた苗字は、ハンモックの吊られた木の根元に腰が抜けたかのように座り込み、鼓動の速さが落ち着くのを待った。

「……田噛の気持ち、知りたいよ」

溢れる想いを隠すように立てた膝に顔を埋めると、世界は暗闇に包まれた。火照った頬を撫ぜる風は心地良く、苗字はそのまま眠りについた。









「田噛、何飲んでるの?」

任務から帰った佐疫が聞いた。

「あ?レモネード。冷蔵庫にある」

冷蔵庫を開けた佐疫が言う。

「本当だ。キリカさんが作ってくれたのかな。木舌も飲む?」

「いただくよ」

木舌は田噛の横に腰掛けると、田噛に言った。

「あ、見て。苗字があんなところで寝てる。猫みたいだ」

確かに木陰で丸まったその姿は猫のようだ。

「はい、木舌」

佐疫が木舌へレモネードの入ったコップを渡す。
片手に持ったもう1つのコップを田噛の前の席へ置くと

「ちょっと苗字を起こしてくるよ」

と外へ出て行く。
苗字は飲んでいたレモネードが無くなっていることに気付くだろうか。
不安定な場所に置いているものだから、つい持って来てしまった。
あれから少し時間が経っている為、随分とぬるくなって甘さが際立つレモネードを口に含む。

「甘ぇな……」

「そうかい?丁度良いんじゃないかなー」

木舌はそう言って飲み干した。




休息の庭



苗字が寝息を立てていることを確認した田噛は、目を手で覆い呟いた。

「……俺にも分からねぇよ」



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