獄都事変

□夕陽と君と私のしじま
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田噛が現世の任務を受けたのは2カ月も前のことであった。

昼夜問わず明かりの漏れるその会社には亡者が住み着いているという。ただし、明かりが消えた時にしか姿を現さない為、人が働いている間は捕らえることは難しいと閻魔庁から押し付け……もとい斡旋された任務である。

田噛からすれば会社から人を追い出すことなんて、赤子の手を捻るより容易い。すぐさま電気設備の業者と銘打って会社へ連絡をした。

計画は完璧だった。人の消えた建物に入り、木舌にブレーカを落とさせる。ただ一つ、想定外だったのはそこに人が一人残っていたこと。それもただの人ではない。昔から知っている女だった。姿、形、声、何もかもが違うが、直感が痛いくらい訴える。彼女が転生して、また自分の目の前に現れたのだと。

「チッ……おい、何でこんなとこにいるんだ」

亡者がいつ出て来てもおかしくないこの状況で、彼女が愚かにも一人立ち尽くしていたことに腹立たしさを感じる。何度殺されても生き返る自分達とは違うのだ。一度死ねば肉体は朽ちて滅びる。脆く儚い存在なのに。

「……あの、私この会社の職員で、忘れ物を取りに来ただけなんです……作業員の方、ですよね?」

怯えながらも尋ねてくる彼女を見て、はてどうしたものかと思案する。怯えさせる必要もないのだから、自分達は作業員としておこうか。

「……あぁ」

同時に溜息が漏れた。自分に彼女を放っておく選択肢は無い。彼女を無事帰宅させた後に任務……あぁ、面倒だ。

その後、後ろから現れた平腹に任務を押し付け、彼女を送ることにした。

彼女は色々自分に話しかけてきた。自分とは違い、控えめながらもよく喋り、よく表情を変える彼女は昔と変わらない。ただ今は、どんなに手を伸ばそうと手の届かない存在となってしまった。彼女が変わったのではなく、自分の存在が、立場が変わってしまった。それが酷く哀しい。

階下へ進む程冷気が増している。
おそらく彼女を無事帰す前に戦闘となるだろう。後ろから襲われたらたまったもんじゃない。撃つなら先手だ。彼女にそこでしゃがんでおくよう言いつけ、一人亡者の元へ歩を進める。

幸、亡者は力も弱く、怪異も引き寄せられてはいなかった。ならばこの亡者を自分より後に行かせなければ良いだけ。亡者が威嚇して突風が吹くがたいしたことではない。こちらの話を聞きそうには無い亡者を鎖で締め上げた時だった、後ろから彼女の悲鳴が聞こえたのは。



急ぎ駆けつけると、そこには木舌と気を失った彼女がいた。

「やぁ、田噛。もう終わったかい?」

「あぁ。こいつは?」

倒れ込んだ彼女を一瞥して言う。

「俺を見て気絶したみたいだ。脅かすつもりは無かったんだけどね。これは田噛の帽子?」

彼女が大事そうに抱えている帽子を指して木舌は問う。

「そうだ。色々あって、こいつを外まで送る途中だった」

だから捕縛した亡者の後始末は頼んだ、と言ったら木舌は意外そうな顔をした。

「珍しいね。亡者を連行するのとこの子を送るのでは、こっちの方が楽だと思うけど」

木舌の顔は酒を呑んだかのようにニヤついている。大方、事情を知っているのだろう。

「さっさと行けよ。あー、平腹の回収も頼む」

そう言って彼女の横に座り込み、帽子を取り上げて目深に被る。

「はいはい。そこで一緒に寝ないようにね」

木舌には片手を上げて応じた。
彼女を起こすのはまだ先でいいだろう。もう少し、彼女の顔を見ていたいと思った。
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