獄都事変

□夕陽と君と私のしじま
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黄昏時ーー


仕事を終えて帰宅の途に就いていた私は今、会社へ携帯電話を置き忘れた事に気付いてとんぼ返りをしていた。

(置き忘れに早く気付けて良かった……)

今日は会社の電気設備の点検を業者が行う為、社員は18時までに退社するよう言われていた。点検による停電後に気付いていたら、きっと私は携帯電話を諦めていただろう。私の勤める会社には、少し怖い噂があるのだ。


「夜、人気の無くなった会社には過労で自殺した社員の幽霊が出るらしい」


社員の中では有名な話だった。私の勤める会社は所謂ブラック企業なのだから、満更嘘では無いのかもしれない。

幽霊なんて見たことも無いが、君子危うきに近寄らず、だ。業者が作業しているとはいえ、暗い会社に一人で入って行く勇気はなかった。

腕時計を着ける習慣の無い私には今が何時なのか分からなかったが、とにかく急がなければならなかった。



会社に辿り着いた私は、長い階段を駆け上がる。電気が止まる事を考えると、エレベーターは使えない。見晴らしの良い職場がこんなにも恨めしく思える事は今後無いだろう。

やっと職場に着いた私は息も絶え絶えに、一目散に自分のデスクへ向かう。

(あった)

携帯電話を見つけて掴むと、そのまま廊下へ飛び出す。人気の無い社内は思っていたよりも肝が冷える。先程からずっと走っているからか、心臓はバクバクと音を立てていた。

まだ廊下の電気は点いていたが、点検作業自体は始まっているのかもしれない。時間が気になった私が走りながら携帯電話を確認すると、時刻は18時を過ぎたところだった。

(まずい。今、電気が消えたらーー)

私がそう思うのと同時に電気がふっと落ちた。

「っっ!」

暗闇の中で私は足を止める。目が暗闇に慣れていないのに動くのは危険だと判断したからだ。唯一の明かりは雲間から微かに漏れる月光のみ。

(怖い……)

名前が何か光源は無いかと思案した時、携帯電話にライトのアプリを入れていたことを思い出す。募る焦りから上手く動かない指で携帯電話を操作していると、前方から男の人の声が聞こえた。

「お前……」

声は暗闇から発せられて、こちらからはその姿を視認出来なかった。失礼だとは思いつつ起動させたアプリのライトを向ける。

「ぁっっ」

目の前に現れた人物に、恐怖で身体が震えた。名前の視界に映ったのは電気設備の作業員には到底見えない、軍服様の服を着た青白い顔の男だった。
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