獄都事変
□酩酊
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「苗字、一緒に吞もうよ」
皆で夕食を取った後、声を掛けてきたのは木舌だった。
「いいよ」
私は二つ返事をした。
木舌はお酒が好きでよく呑んでいる。そのためか、皆はあまりお酒の相手をしたがらない。でも、私にとってはその方が好都合。実のところ、木舌と二人で酒を酌み交わすこの時間が嫌いじゃなかった。
「昨日現世へ行った時に見つけてね、苗字が気にいるんじゃないかと思って買ってきたんだ」
そう言い取り出したのは綺麗な小瓶だった。
「スパークリングの日本酒なんだけど、現世でも女性に人気があるらしいから」
そう言いながら蓋を開けて、私のコップに注いでくれる。
「木舌はお酒のことになると饒舌だよね」
小瓶を受け取り、木舌のコップへ酒を注ぐ。
「そうかなぁ。取り敢えず……乾杯」
二人のコップがチン、と控えめに音を立てた。
木舌は特務室の中でお兄さん的な立ち位置のため、皆を困らせるような事はしない。だからと言う訳ではないけれど、せめてこの時だけは、私だけは木舌を存分に甘やかしてやりたい、という思いに駆り立てられる。
「んーー、美味しい!」
グラスを見つめて恍惚の表情をした私が言うと、木舌は顔を綻ばせた。
「そんなに喜んでもらえるなら買ってきた甲斐があったなぁ」
ニコニコしながら酒を舐めるように呑む木舌に、私も何だか嬉しくなってくる。
「木舌はお酒を呑んだら、顔が赤くなるよね」
「そうだね。まぁこのぐらいじゃ赤くはならないかな」
そう言って既に空となった小瓶を軽く振り、横に倒した。
「ふふ、やっぱ木舌には一升瓶がお似合いだね」
「じゃあ、一升瓶を部屋から取って来ようかな」
そう言って木舌は席を立つ。
「お、木舌、今日は呑む気だね」
後ろから茶化すと、木舌は嬉しそうに振り返った。
「苗字が俺を甘やかしてくれるみたいだからね。ちょっと待っててよ」
「はーい」
あぁ、木舌が喜んでくれているようで良かった。顔がだらし無く緩んだところに声がかかる。
「苗字、あんまり木舌に呑ませないでよ」
困った様に言うのは佐疫だ。彼は木舌の飲み過ぎを心配している。まるで特務室のお母さん。
「分かってる。最後まで面倒みるよ」
佐疫が頼むよ、と一言残して出て行くと、食堂には私一人が残された。
木舌は真面目だから仕事に響くような呑み方はしない。皆知ってはいるけど、やはり気になるのだ。
木舌はいつものんびりと構えていて、一緒にいると不思議と安心する。だから皆何だかんだ言いながらも、そんな木舌に癒されているのだと思う。何て稀有な存在なのかしら。
そんなことを一人考えてクスクス笑っていると、頭上から声が降ってくる。
「苗字、もう酔ったのかい?」
見上げると一升瓶を片手にした木舌。独り笑いを目撃されるとは、少し恥ずかしい。
「ちょっと考え事してたの」
「えぇ、気になるなぁ」
全く気にしてなさそうに木舌は言った。
「さぁ、続くはまたしても日本酒だよ。次はちょっと度数が高いからね」
少しテンションの上がった木舌を見ると、微笑ましく思う。
「じゃあ私も一杯頂こうかな」
木舌が目を細める。
「無理しないようにね」
木舌のこんな所が大好きだ。甘やかしているつもりが、甘やかされる。
夜も更けた頃、苗字がふと気付くと木舌はもう酷く酔っているようだった。
「木舌?ごめん、酔わせすぎたね」
酒が弱く量を控えていた私と違い、木舌はハイペースで呑んでいた。嬉しそうに呑むからつい呑ませすぎた。
「水持ってくるよ」
そう言って席を立とうとした時、後ろから腕を引っ張られて私の身体は傾いた。
「ぁっ」
気付くと身体は木舌の腕の中にすっぽりと収まっていて
「どこ行くの?」
そんな一言で私の体温は容易に上がる。
「……木舌、だいぶ酔ってるね。水持ってくるだけだから、離して」
「俺はまだ正気だよ。苗字の方が顔が真っ赤で酔ってるんじゃない?」
心臓の鼓動がうるさくなってくるのが分かる。
「木舌?」
振り返ったらどうなるのかはすぐに予想がついた。それでも振り返ったのは、きっと私も酷く酔っていたから。
酩酊
「……あれ、木舌寝てる?」
すーすー
「……あり得ない」
その後、私は佐疫ことお母さんに泣きつき、一緒に木舌を部屋まで運んでもらった。
「だから呑ませ過ぎるなって言っただろう」
「すみません……」
木舌を部屋のベッドへ寝かせる時、少し乱暴になったのは佐疫と私だけの秘密。