僕のヒーローアカデミア

□十五夜
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着替えを済ませた名前が寮のロビーへ降りていくと、そこにはもう準備を済ませた私服の轟がいた。

(うわぁ、私服姿もカッコいい)

轟の横顔に見惚れたのも一瞬、教室で見せた彼の不満気な表情が思い出され不安になる。

(思い悩んだって仕方ないよね)

「轟君、お待たせ!行こう?」

努めて明るく声をかけると、轟はいつものポーカーフェイスで返事をする。

「あぁ」

単なる思い過ごしだったのかもしれない。そう思うと心がだいぶ軽くなったように感じられた。





授業やクラスメイトの話で盛り上がり、当初の不安はすっかり消え去った買い出しの帰り道、名前はあることに気づいた。

「ねぇ、轟君。そういやススキ持って帰らなきゃいけないんじゃなかったっけ?」

「あぁ。この先の土手に生えてたから寄ってくぞ」

そういって先導し始めた轟を名前は小走りで追いかける。

(ススキが生えてる場所を行きの道で見つけてくれてたんだ。やっぱり頼りになるな)

そうして土手に辿り着くと、ススキを見つけた名前は轟に言う。

「轟君はここで待っててよ。荷物持って貰ってるし、私が取ってくるから」

土手は少し傾斜が厳しそうだったが、下りられないことはなさそうだ。
後ろに体重をかけながらジリジリと下りていこうとした時、靴が滑る感覚に思わず目を瞑る。

「危ねぇっっ」

轟の焦った声が少し上方から聞こえた。






身体に感じる衝撃で土手の下まで落ちたことを知った名前は、痛みが少なかったことに違和感を感じながら目を開ける。

「ぇ……轟君っ⁉」

そこには名前を包み込むようにして、明らかに落下の巻き添えとなった轟が居た。

「悪りぃ、怪我してねぇか?」

至近距離から発せられた言葉とその真剣な表情に、顔から火が吹き出そうになる。

「ぉ、お陰様で大丈夫です……じゃなくてっっ!轟君は大丈夫⁉」

鳩が豆を食らったような轟の顔がふっと緩む。

「あぁ、俺も怪我はねぇ。……お前って、案外そそっかしいとこあんだな」

普段は表情に乏しいとさえ感じるが、今は移り変わる彼の表情に名前はすっかり魅せられていた。

辺りは電灯も無く既に暗くなっていたが、顔が真っ赤に染まっているであろう今は、この暗さが逆に有り難かった。

「草が伸びてて下は薄暗ぇな」

その時微かに差した月明かりに名前が言う。

「あっ、轟君。月出てきたよ」

空には少し恥ずかしげに顔を出した月が浮かんでいた。

「今日は曇りだから月は見えないと思ってた。綺麗だね、轟君」

振り向くと、既にススキを取っていた轟が固まった表情で何かを言っていた。

「……ってた」

「え、何?」

ススキを手にして戻ってきた轟の顔が月明かりに照らされて、仄かに赤らいでいることに気づく。

(轟君、顔が赤い……)

次の瞬間、名前は自分の愚かさに気づく。月が綺麗と言った事、そして彼は秀才であるということに。


「あのっ、轟く「もしかしたらーー」

そういう意味で言ったのではないと言おうとした瞬間、真剣な表情で私に向けて話すものだから、私の声は月夜に溶けて消えた。





「今なら……手ぇ伸ばせば月に届くんじゃねぇか」



息が止まるんじゃないかと思うくらい、あまりにも彼の返答はロマンチックで。


「帰ろう、皆が心配するからな」

そう言って、次は落ちないようにとしっかりと手を繋いで土手を上がる轟に、名前の鼓動は休まることを知らなかった。







轟君の不満気な顔の謎


「さっき私が月が綺麗だねって言った時、何て言ってたの?」

「あぁ……お前は緑谷のことが好きなんだと思ってたって……」

(……は、恥ずかしい。聞かなきゃ良かった)










※轟の「月が綺麗ですね」に対する返答の意味が分からないという方、次頁にて解説という名の謝罪があります
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