僕のヒーローアカデミア
□十五夜
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今日は十五夜。
寮生活となった雄英生にとって、これまでの些細なイベントは待ち遠しい行事へと昇華していた。
「皆、r寮に戻ったら団子作ろうぜ」
「月見と言ったらススキが必要だろう」
「じゃあ僕が材料の買い出しへ行くついでに、ススキも取ってくるよ」
「一人じゃ大変だろ。俺も行く」
その様子を遠くから眺めて溜息が溢れた。
「名前さん、どうしたんですの?」
いつの間にか隣にいたヤオモモに驚いて変な声が出る。
「ひぃっ!!……ヤオモモ、驚かさないでよ」
じっとりとした抗議の目でヤオモモへ訴えかけると、彼女の瞳が心配そうにこちらを見つめた。
「すみません。ですが、深い溜息が聞こえたのでつい……」
「……あぁ、気にしないで」
手をひらひらと振り、どうでもいい事だと伝える。
そう、私の溜息は本当に大した事ではない。ただ緑谷君の買い出しに轟君が付き合うと聞こえた瞬間、緑谷君が羨ましいな、とそう思っただけだ。
私も行くと言えたら良いのに。
可愛げの無い自分に再び溜息が出る。
「あ、ねぇヤオモモ。月と言えばさ、夏目漱石がI love youを何て訳したか知ってる?」
「え、えぇ。月が綺麗ですね、ですわ。夏目漱石が英語の教師をしていた際に、我、君を愛すと訳した生徒に対して、日本人はそんなことは言わないから月が綺麗ですねとでも訳しておくよう言ったんだとか」
「そうそう。私、一度でいいからそれ言われてみたいんだー。何かロマンチックだよね」
「お?何なに、月の話?今日晴れてっから、ぜってー月綺麗に見えるぜ」
横槍を入れてきた上鳴君に、罪は無いと思いつつ睨みつける。
「今のちょっと違うからノーカンにしとくね。ていうか、今日夜は曇りだから」
「へ?まじか。盛り上がんねー」
残念そうな上鳴君を横目に教室の窓から空を見上げると、そこにはうっすらと所在無げな月が浮かんでいた。
放課後、帰り仕度をする轟を名前は為す術なく見つめていた。
緑谷が轟に話し掛ける声が聞こえてくる。
「轟君、ごめん。オールマイトが呼んでるみたいで……やっぱり買い出しは僕だけで行くから」
「そうか、なら俺が一人でーー
「緑谷君、私が代わりに行くよ」
急な展開で準備不足だった喉からは、少し掠れた声が絞り出された。緑谷と共にこちらを振り返った轟の視線に顔が熱くなる。
(声掠れたな、とか思われてたらどうしよう、恥ずかしすぎる)
「苗字さん、助かるよ。お願いしてもいい?外出届は二人分あるからーー」
思わぬ救いの手に喜ぶ緑谷とは対照的に、轟は不満気に視線を反らせた。
私、嫌がられてるーー?
名前の心に一抹の不安がよぎった。