僕のヒーローアカデミア

□一石
1ページ/2ページ


毎週土曜日、開店直後に彼は来る。

チリン

入り口のベルが控えめに来客を告げた。

「いらっしゃいませー」






彼は爆豪勝己。
プロヒーローをしており、聞けばこの喫茶店が入るビルの最上階に事務所があるんだとか。聞けば、と言ったが直接彼に聞いたのではない。店長が聞いてもないのに得意気に語ってきたのを聞かされたのだ。

「モーニング。コーヒーで」

水とメニューを持っていくと、いつもと同じ注文が入る。彼にはもうメニューは不要のようで、聞かずともセットで付いている食後の飲み物を注文してくるあたり、常連といった感じだ。

「前は1か月に数回とかさ、不定期だったんだよ。曜日もまちまちでね。土曜日の午前中は人の入りが少ないからかなー」

私が新人だった頃、店長は最近爆豪さんに会えなくなったことを残念そうに話した。

店長はバーも経営しており、客の入りが見込める金曜日は遅くまで働く。そのため土曜日の午前中はシフトを入れたくないらしい。
つまるところ、土曜日の午前中はバイト1人で喫茶店を回しているのだ。なのにそれほど忙しくないというのは、お店としては危機のように思えて仕方ない。

しかし、店長の言う通り爆豪さんは人の少ない時間帯を選んで来ているのかもしれない。著名なヒーローなのだ。街へ出れば注目されるだろうし、食事ぐらい静かにとりたいと考えるだろう。もしかしたらうるさい店長を避けてのことかもしれないが、バイトの身分である私にそんなことは言えなかった。

「お待たせしました、モーニングです。食後にコーヒーをお持ち致します」

初めて爆豪さんの応接をした時は、内心怒鳴られるんじゃないかと思っていた。テレビの中で戦う彼は荒ぶる獣のようで、見ていて少し怖かったからだ。

でも、彼と接していて分かったことがある。爆豪さんはテレビで見るよりずっと落ち着いていて、筋肉質で背も高い。そして、イケメンだ。




彼がふと顔を上げこちらを見やる姿が目に入り、声をかける。

「コーヒーをお持ちしましょうか」

彼が表情を緩め短く答える。

「あぁ」

我ながら良い仕事をするな、と思う。お客さんが少ないからこそ出来る技かもしれないが、客の動向にはいち早く気付ける。勿論、鈍感な店長にそんなこと出来はしない。すなわち彼の穏やかな表情は、この店において私だけの特権なのだ。

白いカップに淹れたてのコーヒーを注いでお盆へ乗せる。

「コーヒーをお持ちしました」

コーヒーカップを乗せたソーサーが、ことりと音を立てた。
彼はこの後すぐに会計を済ませて店を出るだろう。それが分かるのは、彼が店を訪れて行う行動は寸分違う事なく毎週行われているからだ。既に彼のルーティンと化しているのだろう。
しかし、最近私はそのルーティンを少し寂しく思うようになっていた。そんな風に感じ始めたのはいつからだったか。思い出せないくらいこのルーティンは長い間続いている。そして今日も彼との関係は客と店員のまま、何一つ変わることはない。

ソーサーがカチリと冷たい音を立てる。寂しいけれど、彼とのお別れの合図。彼は財布を取り出しレジへ向かう。何も起きはしない代わりに、また来週もこのささやかな時間が訪れる。それだけが救いだった。

「いつも有難う御座います。お会計500円になります」

会計が済むと彼は小さく「ご馳走さん」と言い、背を向ける。
また来週……心の中でそう思った時、彼が振り返る。あまりにも丁度のタイミングだったので、いつの間にか声に出していたんじゃないかと思い、恥ずかしさで顔に、熱が集まる。

「なぁ、アンタ……




ウチの事務所で働かねぇか」



彼の言葉が理解出来ず、一瞬時が止まる。スカウトされたのだろうか、私無個性なんだけれど。とにかく、彼の意図が分からない。ただ、彼が紅潮した真面目な顔で

「アンタが欲しいんだ」

なんて言うものだから。
私はきっと彼の言葉を取り違えているに違いない。そう思いはしたが、愛の告白のような言葉に舞い上がった私に選択肢は無かった。






「私で良ければ」







彼の投じた一石が、私の平凡な人生を大きく変えるに違いない。そんな予感がした。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ