恋に落ちる音がした
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朝の占いでは恋愛運が最高に良かった。「運命の出逢いがあるかも」なんて言うから「またまたー」と突っ込みをいれながら、服も髪も気合を入れてしまった。
だからなのか、普段は何の問題もなく通過出来る繁華街の路地裏で、名前は男たちに囲まれていた。
「ねぇ、カラオケ行かない?」
先ほどから二人の男たちにしつこく絡まれていた。まさかこれが運命の出会いだなんて、さすがの神様も言わないだろう。行手を阻まれ困っていると一人の男に肩に手を回される。ここで俯きでもしたら強引に連れていかれるだろうと思い、キッと男を睨み付ける。
「あ、怒ってるの?それでも可愛いねー」
今すぐこの場を立ち去りたい、そう思って男の身体を自分から引き剥がそうと強く押し返してみるがびくともしない。
「カラオケだめ?ねぇ、怖いことしないからさ」
一人の男がそう言うと、もう片方の男が「嘘つけ」と下卑た笑みを浮かべる。
次第に自分の身体へと這わされる男たちの手が、酷く汚らわしく思えた。
「……ちょっと、やめっ」
どうしてこういう時、大声が出せないのだろう。恐怖で声帯の機能が失われたかのように思えた。
あぁ、もうどうしたら良いのか。そう考えると同時に、薄い服の生地が裂ける音がした。目線を下に遣ると、裂け目からは肩から胸元までが覗いていた。襲われるーー血の気が引いたその時、男たちの後方から声が聞こえた。
「おい、何やってんだ」
男たちが手を止めて振り返る。
名前もそれに倣って男たちの隙間から後方を覗くと、綺麗な顔をした男が三人並んで立っていた。
「……たっ、助けて」
絞り出した声は余りに小さかったが、三人の耳には届いたようで、名前をチラリと見遣った男は眉間に皺を寄せて
「おい、ソイツ置いて失せろ」
と唸るような低い声で男たちを威嚇した。
「何?お前ら関係ないだろ。ほっとけよ」
強がってはいるが、男たちは既に腰が引けている。
「ここの横、俺らの職場なんだよね。お前らみたいなのがいると、お客さんが逃げちゃうからどっか行ってくんない?まぁ、もう警察呼んだからアンタら警察に行ってもらうんだけどさ」
警察ーーその一言に反応した男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「あー......警察呼んだってのは、嘘なんだけどさ。やっぱ呼ぼうか?」
優しげで細身な男が言った。襲われていたのだから、当然の判断だろう。しかし、引き裂かれた服に身を包んでいる今、警察と言えどもこんな姿を見られたくはない。名前は首を振って答える。
「いえ、構いません」
俯いて言う名前に、男たちは掛ける言葉を選んでいるようだった。四人に沈黙が訪れたとき、一人の男がジャケットを名前に投げつけた。
「着ろよ」
俯いていた名前が頭部でそのジャケットを受け取ると、別の男が声を掛ける。
「取り敢えず、うちの店に来なよ。開店前だからまだ客も居ないし、タクシー呼ぶから」
名前は、男たちの優しさに甘えることにした。