獄都事変
□朝顔
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この世に着くと名前は
「ここ、私の家の近所です」
と嬉しそうに言った。
「そうか。それならば俺の役目はここまでだ」
そう言って正面から見つめると、名前は寂しそうに言った。
「家まで一緒に歩きませんか?」
斬島は首を振って答える。
「俺の姿は目立ってしまう。すまないがここでお別れだ」
彼女との間に流れる沈黙が息苦しい。
「斬島さん、私また斬島さんに会えるでしょうか」
彼女の質問はどんどんと自分を追い詰める。
「いや、俺が名前に次会うとすれば、それはお前が地獄へ連行される時だ。出来れば会わない方がお前にとっては良いだろう」
名前の幸せを思えばもう会わない方が良いだなんて、自分で言っていて寂しさに襲われる。少しの時間を共にしただけの彼女の事を、これほどまでに未練がましく想うとは。生者と共にいると、生者の感情というものが移るのかもしれない。
「そうですか……」
彼女は俯いた顔を上げると優しく微笑んで言った。
「私、命の恩人の斬島さんの事を想って、毎年朝顔を育てますね。斬島さんも良かったら……」
自分を見上げて必死に言葉を紡ぐ彼女を見ていると、つい自分の手元へ置いておきたい衝動に駆られる。そんな気持ちを制しながら、彼女に一つ約束をした。
「あぁ、約束する。俺も地獄でお前の事を想って毎年朝顔を育てよう」
彼女が自分の元を去って日常を取り戻した頃、斬島は社の側に生えた朝顔の種を取って、館へ持ち帰った。
次の夏、自分の目の色と同じ色の花を咲かせた朝顔を見て佐疫が言った。
「斬島、花には花言葉があるの知ってる?花の色によっても違うんだけど、青色の朝顔の花言葉はーー」
佐疫の言った花言葉は、心の中にすとんと落ちて自分を納得させた。
青い朝顔の花言葉は、儚い恋
なるほど。自分に初めて芽生えた感情は恋なのかもしれない。