獄都事変

□恋人がいます
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一人で現世へ赴くことの多いあの人が、今日は私を誘ってくれた。

「苗字、現世へ行くんだけど付き合ってもらえないかな」

私はそんな一言が堪らなく嬉しい。

「はい。お伴します」

お伴、というと主従関係のようだが、実際のところ大差はない。私が現世へ行くのに付き合う相手は、上司の災藤さんなのだから。

災藤さんはとても紳士な方で、扉を開けてくれるのは当たり前、荷物だって女性に持たせようとしない。
以前災藤さんと現世へ買い物に出掛けた時、災藤さんが私に荷物を持たせなかったが故に谷裂にこっ酷く叱られたことがある。お前が荷物を持つべきだろう、と。そんな時だって私のことを庇ってくれた災藤さんに、私は正直なところ憧れ以外の感情を抱いている。獄卒として如何なものかと悩みもしたが、災藤さんのお側にいて、惚れるなという方が難しいだろう。



「災藤さん、今日はどちらに?」

現世への道すがら、私が問うと災藤さんは優しげに目を細めて答える。

「女性が好きそうなお店にちょっとね。苗字に選んでもらいたいものがあるんだ」

肝心の購入するものについては、どうやら教えてもらえないようだった。

現世へ到着し、災藤さんの後ろをひょこひょこ着いて行くと、いつのまにかジュエリーショップへ入店していることに気が付く。

ジュエリーショップで買い物といったら、通常は誰かへの贈り物の購入だろう。一体贈る相手は誰なのだろうか。
災藤さんが店員と話をしている間、後ろで待機しながら様子を伺うが、何だか楽しそうなその様子に胸がチクリと痛んだ。
少し話をした後、災藤さんはこちらを振り返って手招きをする。

「お前はどのデザインが好き?」

見せられたのは、どれも愛らしいデザインをした指輪だった。しかし、誰かへの贈り物だと思うと選ぶ気にはなれない。

「災藤さんが選んだものであれば、貰った方はどれであっても喜ばれると思いますよ。お力になれず申し訳ありませんが、私はこういうものには疎くて……」

我ながらベターな答えをしたと思う。災藤さんには呆れられるかもしれないが、傷心の私にはこれが精一杯の答えだった。

「そうか。ならこれはどうかな」

災藤さんは、一瞬ふむ、と悩む様子を見せると、実のところ私が一番可愛らしいと思っていた指輪を手に取り、私の右手薬指へとはめた。

「災藤さんっ……私なんかにはめても」

普段亡者を相手にしている私の手は、血で穢れている。そんな私の手に指輪がはめられていることが酷く滑稽に思え、羞恥で顔が赤く染まる。

「苗字」

災藤さんの声にはっとして顔を上げると、災藤さんはいつもの穏やかな声音で私に語りかけた。

「その指輪の石には魔除けの力があるんだよ」

「まよ、け……」

魔除けの石である、というのは私の指に指輪をはめることの説明になっていないように感じたが、災藤さんの笑顔は私に発言を許さなかった。

そんな私達の元へ店員がやって来る。

「よくお似合いですよ。災藤様、こちらの指輪でよろしければこのままサイズを合わさせていただいても?」

いえ、私への贈り物ではーーそう言いかけた私を災藤さんが遮った。

「ええ、お願いします」

状況が飲み込めないまま、店員に指輪と指の間隔を確かめられる。
その後、店員が2週間程で私の指のサイズに加工出来ると告げると、災藤さんは受け取りの日を確認して店を出た。

「災藤さん、あの……今日の用事って」

災藤さんを見上げると、災藤さんは困ったように笑った。

「私はね、苗字の事を誰よりも大切に想っているからこそ、心配もしているんだよ。任務でいつも傷を作って帰ってくるだろう。だから何かお前にしてやれることはないかと思ってね。指輪、貰ってくれるかな」

大切に想っている、なんて言われたら私はもう何も言えやしない。災藤さんの言葉に胸が熱くなりながらも答える。

「ずっと大切にします」

「そうしてもらえると嬉しいよ」







恋人がいます






「現世には魔除けの石、というものがあるんですね」

「あれは右手薬指に着けておかないと効果がないそうだよ。任務で壊れてしまったら次は左手用を買ってあげるから、気にせず常に着けていなさい」

「災藤さん……(何てお優しい)」

(……本当は男避けの意味がある、なんて言えないな)


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