獄都事変

□夕陽と君と私のしじま
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夢を見ていた。

夕陽が照らす草原に男が一人。
こちらを振り向く男の顔は逆光でよく見えない。私は問うた。

「田噛さん、なんですよね」

男は呆気にとられ、そして嬉しそうに口を吊り上げた、気がした。

「いつも」

男が口を開く。声には聞き覚えがあった。

「いつもお前の事を想ってる」

世界が夕陽に包まれ、男の顔にも光が当たる。男は、田噛はーー夕焼けで赤く染まった顔で真剣な眼差しをこちらに向けていた。






「……ぃ、おい。そろそろ目ぇ覚ませ」

頬をピタピタと叩かれ目を開けると、黒い手袋をした田噛の手が名前の頬に添えられていた。

「ぇあっっ」

変な声が出た。恥ずかしい気もしたが、それよりも至近距離で寝顔を見られたことの方が恥ずかしい。視線を合わせる事が出来ずに俯くと、自分の身体に田噛の上着がかけられていることに気付く。

「田噛さん、上着……」

「あぁ、しゃがんで待ってろつったのに寝て待ってたからな」

田噛が半笑いでこちらを見る。
やはり、私は揶揄われているようだ。

「あの、田噛さんと平腹さん以外の人を見た気がするんです。それで私、驚いて……」

「……夢でも見たんだろ、気持ち良さそうに寝てたからな」

田噛はずっとこの調子だから嘘を言っているのかも分からない。
ただ、名前が受け止めたはずの帽子を、田噛が変わらず被っているのだから、しゃがんだ辺りからもう夢見ていたのかもしれない。

「服、クリーニングしてお返しします」

そう言うと、田噛は寂しそうな目をして申出を断った。

「いや、返してもらう機会は無いだろうからいい」

それは私にとっても寂しい一言だった。

それから二人は交わす言葉もなく階段を降り、遂には会社の入口まで来ていた。時刻は19時、随分寝ていたようだ。思えば身体が痛い。

「気をつけて帰れよ」

田噛が壁にもたれて言う。
聞くなら今が最後だと思った。

「田噛さん、私小さい頃からよく見る夢があるんです」

いきなり始まった夢の話に、田噛はあからさまに面倒そうな顔をする。

「さっきもその夢を見たんです。その夢いつも男の人が出てくるんですけど、今日はちゃんと顔が見えて……その人、田噛さんでした。私、昔田噛さんと会ったことがあるんでしょうか?」

田噛は困ったように首に手を当て、視線を逸らす。

「あー……確かに昔会ったことがある。だが、お前は覚えちゃいねぇよ」

その顔はとても哀しげだった。
昔会ったことがあるのなら、田噛さんはもっと年をとっているだろう。小さい頃から見る夢なのに、田噛さんの姿形が変わらないなんてことはあり得ない。この人が作業員、というのは嘘なのかもしれない。

「田噛さん……」

「さっさと行けよ」

田噛の顔を伺うと、先程までの哀しげな表情は消えていた。彼の中ではもう気持ちの整理がついたのかもしれない。私は……どうなんだろう。せめて、彼がもう哀しい思いをしないように気持ちを伝えるべきだと思った。

「田噛さん、私も……いつもあなたの事を想っています。だから、お元気で」

田噛に深くお辞儀をして踵を返す。会社の敷地を出る時、やはり気になって後ろを振り返った。一瞬田噛が見えた気がしたが、そこには誰ももう居なかった。









あれから一度だけ、田噛さんの夢を見た。仕方ないからお前のこといつか迎えに行ってやると、気長に待ってろと、夕陽の中で意地悪そうに笑ってくれた。


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