僕のヒーローアカデミア
□一石
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プロヒーローになって数年が経つ。事務所の入るビルの喫茶店とは事務所を立ち上げた時からの付き合いだ。
「今度、可愛いアルバイト雇うんですよ。名前ちゃん」
そういって客へアルバイトの写真を見せ付けてきたのはこの店の店長。
「デリカシーはねぇのか、アンタ。いつか捕まんぞ」
そんな軽口を叩けるのも、この店の馴染みであるが所以。だから好き勝手言えるこの店が、店長の逮捕で無くなってしまうのは少し困る。
すると自分の言葉の意味を取り違えた店長がまた話し始める。
「捕まる?あぁ、それは大丈夫大丈夫。この子こう見えてちゃんと成人してるから。歳も爆豪さんとそんなに変わんないんじゃないかなー。あ、今そんな歳でアルバイト?って思ったでしょ。実は彼女夢があってーー」
矢継早に話される店長の話に加え、会ったこともない女の夢まで聞かされるのかーー嫌気がさした爆豪がもう帰ろうかと椅子を引いた瞬間、店長の言葉で身体が動きを止める。
「ヒーローに憧れてたんだって、彼女。無個性なんだけどね」
頭の隅にどっかの幼馴染がチラついた。
「まぁ、ヒーローになるのは諦めたんだけど、事務仕事で良いからヒーロー事務所で働きたいってこの間まで就活してたらしいのよ。でも現実は厳しいらしくてさ、やっぱ事務仕事もヒーロー業も出来る奴が選ばれるんだろうね。爆豪さんもやっぱ雇うなら彼女じゃなくてヒーロー出来る子を雇う?」
未だに自分の目の前でヒラつく写真を見遣ると、何か諦めたような顔をした彼女と目があった。
「会ったことねぇ女、誰が雇うんだよ」
自分が思うよりも小さく発せられたその言葉が、自分の心をチクチク痛めつけた。
数週間後、久しぶりに訪れた喫茶店には店長が写真で見せてきたアルバイトがいた。
「店長は?」
メニューと水を持ってきた彼女に聞くと、風邪みたいです、と。
話を聞くところによると、既に土曜日の午前中は彼女一人で営業しているらしい。
苦労してんな、そう呟くと彼女は苦笑していた。
その苦笑に中学時代の幼馴染の困った顔がダブって見えた。
あいつも個性を貰わなきゃ、今頃こうやってこんな顔して働いてたんだろうか。
「お客様、ご注文がお決まりになりましたらーー」
「モーニング」
彼女の言葉を遮るように注文したのは適当に選んだ一番上のメニュー。今までコーヒーしか頼んだことがないのに、食事をする気になった理由は自分でも良く分からなかった。
それからというものの、意外と美味しかったモーニングを食すため、爆豪は毎週土曜日に喫茶店へ通っていた。何故モーニングを頼むようになったのかなんて聞かれたら面倒なので、勿論店長と出くわさないよう午前中に出向く。
彼女はヒーロー事務所で働く夢を本当に諦めたのだろうか。ヒーローである自分に、雇ってほしいと言ってくることはこれまで一度もなかった。
現実みろよ、いつかの自分はそう言っていた。正論だとは思う。だが、彼女の人生を諦めた目に納得がいっていないのは、紛れも無い自分だった。
彼女はよく気が利いて働き者だった。なんなら店長よりコーヒーも上手く淹れる。余計な詮索をしないところなんて、店長とは大違いだ。いや、もしかしたらそれが普通なのかもしれない。自分は随分と店長に毒されていたのかーー
だが、ズケズケと人に踏み込んでくる店長は、学生時代の仲間を感じさせてくれて、それはそれで良かった。彼女も長い付き合いになれば、自分に踏み込んできてくれるのだろうか。
数日後、出勤でビルに入るところを店長に捕まえられた。
「最近会ってないですね」
店長のにやけ顔が鼻につく。
「名前ちゃん、良いでしょ?」
全てを見通しているかのような語り口に、爆豪は負けじと返す。
「あぁ、ほんとにな。あんまりにも欲しいもんだから、最近は引き抜こうかと思ってるよ」
含み笑いを店長へ向けると
「えーそれはホント困るよ。俺、土曜日の朝はゆっくり寝てたいんだよなー」
そういいながら、店長はどこか嬉しそうに開店したばかりの喫茶店へ入っていった。店長もお人好しのようだ。
欲しいものは貰う。店長の遠回しな許しが出たのだ。彼女の意思さえ確認すれば良い。
それだけのことなのに、今から心臓が早鐘を打つ。自分の中を占める彼女の存在の大きさに気づいたのはつい最近。
そして、彼女が目に涙を溜めて嬉しげに了承してくれるのはこの数日後。
「そんなわけで爆豪さんは美味しいコーヒーと可愛い仕事仲間を手に入れたんですよ。こういうの、一石二鳥って言うんですよね。俺はこうやって土曜日の朝から働く羽目になったのにーー」