If stories
□番外編 椿のお話
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思えば相当昔の話。日照りとか、雨とか、そういうものが死活問題だったような大昔。
ある川沿いに集落ができた。段々人口が増え、むらとなり、次第にくにと呼べる代物にまで成長した時、私という存在が誕生した。
物心ついた時には私はすでに神と崇められていた。
怪我をしてもすぐに治る。病気にもならない。そんな人智を越えた私の能力が人々の信仰の対象になるのはあっという間で、みんなに大切にされた。
そして人が増えるにつれ、赤子だった私は現代でいう幼児ほどにまで成長した。
「あ、椿さまだ!おはようございます!」
『おはようございます!』
みんなは優しい。私を見かけたら笑顔で挨拶をしてくれたし、女の子なんかはお花をプレゼントしてくれたりした。
「椿さま、木の実あげる!」
「私は髪飾りを差し上げます!」
「僕はお肉あげる。今日とれたものだよ。」
『みんな、ありがとう!』
満たされていた。
「あら椿さま、手伝って下さるの?」
『てつだう!もたせて!』
「ありがとうございます、助かりますわ。」
楽しんでいた。
「椿さま!新しいお召し物をお作りしました!」
『きれい!ありがとう!!』
充実していた。
はずだったのに。
「おかあさん、おかあさん、おかあさん!!!」
「………」
その子の母親は答えない。
「いやだよぉ、しんじゃやだよぉ、おかあさん!!」
「………」
小さな男の子のお母さんは息を引き取った。
男の子はもう母親が目覚めることはないことを知っていたが、ずっと、ずっと、ずっと呼び続けていた。
母親の死因は、病気でも怪我でもなく、
老衰だった。
しわのある顔、やせ細った体、細い息はまさに老人のそれであった。
しかし小さな男の子を息子に持っている。彼女が産み、彼女が育てた紛れもない実子だ。
どういうことか?
息子の成長が止まったのだ。
息子はすでに大人といわれるような年齢であったのになぜか子供のまま、成長が止まった。
母親は成長の止まった幼い息子を育て続け、寿命が尽きてしまったのだ。
そして恐ろしいことに同じように成長の止まった子供が他にも多数おり、彼らの親が次々亡くなっていっている。
「おかあさああああんおかあさああああああん」 「いやああああああああああああああああああ」 「めえさましてよおおおおおおおおおお」
「ああああああああああ」 「おとうさあああああん」 「いやだああああああああ」 「ぎゃあああああああああああああああ」
「ぎゃあああ」 「うわあああああああん」 「おとうさんおかあさああああああん」
今やくにじゅう成長の止まった子供の泣き声であふれていた。
日を追うごとに親は亡くなり、子供は泣き叫び、以前のような活気はもうなかった。
そのうち遺された子供たちも亡くなっていった。親が亡くなったため世話をしてくれる者がおらず食料も確保できなくなった子供が、最初は乳飲み子から、次第に幼児、童と次々に倒れる。
がんばって狩りに出て行こうとする者もいたが、何しろ体が未発達ですぐに致命傷を負い、年長の子供も亡くなっていく。
本格的に飢餓が始まってきていた。
『みんな!きのみとってきたよ!たべて!』
「……椿さま、ありがとう…。」
「………うう…お母さん…。」
椿は頑張って子供たちの食べ物をとってこようと森を走り回った。木の実、小動物、魚、貝などとれるだけの食料を日々とっていた。
しかし供給は追いつかない。大人はほとんどいなくなり、食料は椿一人しかとってこれず圧倒的に食料不足だった。
くには荒廃していく。
『みんな、きょうはさかながとれたんだよ!』
「ぼくのだ!ぼくがたべる!」
「いや!わたしがたべる!」
「あああああああああああああああああああ」
『みんな、やめてよ、けんかはだめだよ』
「これはわたしのものよぉぉ!」
ばらばらになっていく。
『みんな、ただいま…』
「う…………」
いなくなっていく。
『きょうは、おにくが とれたんだよ……。』
「………………………………」
気付けば、椿以外に生き残っている者はいなくなっていた。
椿は完全にひとりぼっちになった。
これが、亡国となった瞬間だった。