If stories
□If ローマの休日編 1
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「…次は俺と踊ろか」
そういってスペインさんは私をロマーノさんから引き離したかと思えば、突然手をぐいと引っ張って走り出す。
『わっ!?』 「おいっ、どこ行くんだよ!?」
突然の出来事に頭がよく働かない。夜のローマを二人手をつないで走り去る。路地を右、左、右…と曲がりたどり着いたのは大きな広場だった。
久しぶりに全力疾走したために肩で息をしている椿をスペインがベンチに座らせる。
『あ、あの……、なぜ、こんなこと…げほっ…ロマーノさ、困っちゃ…』
「今はロマーノの話、せんとって。」
『…じゃ、いきなりこんなことして、どうしたんですか……』
「ここは共和国広場っていってな、綺麗やろ?ライトアップされとるんよ。」
明らかにはぐらかされた。椿は黙っていることしかできず、おとなしく息を整える。
「……さっきはごめんな。いきなり走らせてしもて。疲れたやろ?」
『……いえ、もう大丈夫です。』
「びっくりした?」
『…はい。』
「そか。堪忍な。」
『………………聞いても良いですか。』
「ああ、ええよ。」
質問を許されたものの言葉を選ぶ必要がある。怒らせないような、柔らかい質問をするにはどうすれば…
『えと、先ほどは何か不都合がございましたでしょうか。そうなのであるとしましたら大変申し訳ございませ「はははっ、堅すぎやで!」
笑われてしまった。怒られることはなかったがどうなのだろう。
「…なんでこんなことしたのか、やろ?」
『あ……はい。』
「じゃ、言うけどな、俺、椿のこと好きやねん。冗談なんかやないで…本気や。」
『えっ…え?』
「椿がロマーノと踊ってるところ見て、ちょっと悔しかったんや。だから攫ってみたんやけど、驚かせてしもてごめんな。」
『あ、いえそんな、謝らないでください…。』
なんとか言葉を絞り出したものの今椿の頭の中は真っ白だ。ひどく混乱している。
あのスペインさんが………。
「で、椿にお願いがあるんやけどな、思いっきりフッてほしいんよ。」
『え。……………はあ。』
「俺は親分やからな。恋愛してるほど暇じゃないんや……。だから何回も自分の気持ちをごまかしてみたんやけどな、無理だったわ。
自分の気持ちにこれ以上嘘をつきたくなかったんやけど、恋愛はできん。だから………、お願いや。俺のことフッたって。」
これこそがスペインの出した答えだった。
『スペインさん…。』
きっとスペインさんは相当な勇気を振り絞ってこんなことをしたのだろう。その証拠に、スペインは今とてもつらそうな顔をしている。
走って逃げるだけでも勇気のいることだというのに、さらに告白し、フッてくれと頼む。
そして今日あったことを思い出す。スペインさんはいつも明るく笑顔で笑わせてくれ、椿自身さっきはドキドキしていた。ごまかしたつもりだったができなかったのだ。
スペインさんのことを思えば、フるなんてできなかった。
『フるなんて、できません…。そんなこと、言わないで!』
声が震え、頬を熱いものが絶えず伝っていた。その時、泣いているのだということを初めて知ったが零れていくばかりで泣き止まない。
『なんでそんなこと言うんですかぁ…私の気持ちは、どうなってしまうんですか…。』
なぜこんなことを言っているのか、椿はその時はじめて気づいた。椿は知らず知らずのうちに、スペインの人柄に惹かれていたのだ。
『いやです、フりたくない……。お願い、そんなこと言わないでください…。』
頭の中はぐしゃぐしゃだった。もう何が起こっているのかすら定かでないくらいに混乱してしまっていた。
もう嫌だ、泣いてしまってみっともない、スペインさんにも申し訳ない、という気持ちでいっぱいになって不安になった時、スペインに抱きしめられた。
「そか。…そうやったんやなあ。ごめんな、俺自分のことばっかりで、椿の気持ちとか決めつけてばっかで、何にも考えてなかったわ。
…つらい思いさせてしまってごめんな。泣かせてしまってごめんな。」
やさしく抱きしめ、頭を撫でて謝ってくれているスペインにこれ以上ない安心感を覚えた。
『……今、こうしてみてやっと、…気付いたんですけど、私はスペインさんのことが……好きなんです。フりたくないんです、嫌です。』
「………無理して言ってへん?それほんまに?」
『嘘じゃ、ないです……!本当に、好き…んっ!』
腕に抱かれたまま唇を重ねた。数秒そうしてやがて離れた。
「はは、嬉しいわあ…。嬉しいなあ。まさか、そんなふうに言ってくれる思っとらへんかったから。」
目が合った時、さっきとは違った涙が流れてきた。もう顔は涙でくしゃくしゃだ。
「なんで泣くんや…?嫌やったら言ってや。」
『そうじゃなくって、安心して…嬉しくて…思わず…』
「ほんまに?じゃあ…」
再度唇を重ねる。さっきのように様子を窺うようなものではなく、今度は官能的にキスをした。
不慣れな椿は懸命に応えようとしたが腰がくすぐられるようなゾクゾクした感覚に耐えられずくらくらしてくる。
「…大丈夫?」
『…は、だいじょぶです…。』
ドキドキしている胸を鎮められるわけがなく、顔を真っ赤にして夢見心地で返事をした。
「言ってくれてありがとうな、俺嬉しいわ。…好きやで、椿、ほんまに好きや。」
『フらなくても、いいですか?』
「ああ。さっきは変なこと言ったわ。また自分に嘘つくとこやったもん。 …今更やけど、俺と付き合ってくれへん?」
『……っ、喜んで…!』
夜の共和国広場で、泣く椿と抱きしめて慰めるスペインの姿が印象的に残っているのだった。