攻殻機動隊

□ジキルとハイド
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今日はバトーと朝から会う約束をしている日だ。

二人で所謂デート然とした外出は何度もしているものの、バトーの一日を自分に費やしてもらった事はない。

名無しさんは普段よりもお洒落に気合が入り、今日何度見たか分からない鏡をまた見直した。

生まれつきアルビノの気があり体毛や肌の色素の薄い名無しさんは、メイクをするとよく映える一方で濃く見えてしまうことがありそれを気にしているのだ。

悪い言い方をすれば、ケバくなってしまわないよう気を使う。

薄く落ち着いた化粧に、腰まである長い髪をゆるく巻いて服はヴィンテージのワンピースと厚手のカーディガン。

趣味が花の他に、骨董品やヴィンテージの服を集めることなので私服もどこかカントリーで個性的な雰囲気になる。

しかし名無しさんの派手な顔立ちとスタイルの良さから浮く事はなく、むしろ同じく古い物好きのバトーはこの服の趣味を酷く褒めてくれるのだ。

勿論流行りの服も持っているが、褒められてからは会う度にこんな系統のものを選んで着ている。

最後にもう一度と玄関の姿見で自分を映していた時だった、バトーの車のクラクションであろう音が家の前から聞こえてきた。

約束していた時間の5分前、名無しさんはこの瞬間がとてつもなく好きだ。

靴を履いて玄関から出れば、道路には黄色いストラトスが停まっている。

その助手席のドアを開いて中に入り、運転席に腰を据えていたバトーに軽く頭を下げた。

「おはようございます、いつも迎えを頼んでしまってごめんなさい。」

「おはよう。気にすんな、女に運転なんかさせねぇよ。」

運転免許は持っているらしいが車を所有していない名無しさんの迎えは当然で、ましてやバトーの信念がそうさせている。

しかし律儀で丁寧な性格上、毎回こうして礼を言うのだ。

このやり取りからしても名無しさんがあまり男に慣れていないことは感じ取れるが、先日その人への恋心を確信したバトーにとってこの気づきは嬉しいもの。

バトーは仕事時とは全く異なる丁寧さで車のアクセルを踏み、約束をしていた朝一番の映画を観るため車を走らせた。












「面白かったですね、特にヒロイン役の女優さんの演技が印象的でした。ストーリーは…まぁ月並みでしたが古い映画の良さが際立ってて私は好きです。」

「そうだなぁ、主人公の男がちこっと役を喰われてたような気はするが…まぁまぁな映画だったな。」

映画を見終わった二人は、飲みきれなかったドリンクを片手に車の中で感想を言い合っている。

お目当の映画というのはモーニングショーで三日間しかやっていない、かなり昔のSFだった。

二人して見たことがない上に、映画通の間では何かと話題に上る作品だったため良い機会だとチケットを買ったバトー、しかし映画の内容は今となってはありきたりなもの。

一人の男が平凡な人生に飽きてしまい、仮想現実に没頭するようになってから狂気に身を染めていくといったSFホラーだった。

しかし当時の映画界で騒がれただけあり出来は良い、不出来な恋愛映画を見るよりかはよっぽどデートも盛り上がる。

共通の趣味として映画が当てはまる二人は車を出してからも、昼に予約しているレストランへ向かいながらあれやこれやと考察を語っていた。

「仮想現実から出てこられなくなった恋人を引き止めるシーン、良かったですね…迫真の演技だったからか逆にヒロインがおかしくなってるように見えました。」

「案外そう見えるように意図して演技したのかもな、二人の関係に温度差があるように演出したとか…」

「…つまらない生活でも、自分を愛してくれる人がいたら十分幸せなのに…」

つい口をついて出た、意図して言ったものではない台詞。

名無しさんのその一言で、車内が一瞬重い雰囲気になったのをお互いが感じた。

今の二人の関係には響く、名無しさんは昨日、自分の元に現れたバトーの上司のことを思い出した。

「…白黒映画でしたけど、それもまた迫力を増す手助けに…」

「名無しさん。」

話題を変えなくては、と思ってもいない感想を言おうとした時だった。

今まで一度として自分の名前を呼ばなかったバトーが、初めて名無しさんと言ったのだ。

「名前…」

「昨日お前のとこに俺の同僚が行ったろ、あん時俺も一緒になって話聞いてたんだ…盗み聞きするような真似して悪い。だがよ、アンタの俺への気持ちを聞いて色々思うことがあってな。」

いつもどこか飄々としたイメージのあるバトー、しかし今は真剣そのもので義眼越しに向けられる眼差しは真っ直ぐと名無しさんを捉えている。

「思うことって…?」

「…俺は、アンタが… 名無しさんのことが…」

そう言いかけた時だった、名無しさんを見つめていたためよそ見をして車を走らせている状態だったが、前を走っていた車が突如急ブレーキをかけたのだ。

それにつられ、こちらも慌てて車を止める。

バトーがブレーキの反動で下を向いてしまった顔を驚いて前に向けると、道路全体に大幅な渋滞ができており何人ものドライバーが車外に身を出していた。
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