攻殻機動隊
□ストレプトカーパスの恋
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件の事件から名無しさんとバトーが知り合って三ヶ月が経とうとしていた。
お互い忙しい身、ましてやバトーは警察官であるためそう頻繁に会えるわけではないが、ゆっくりと二人のペースで仲を深めていた。
未だバトーは自身の素性を詳しくは明かしていないが、その思想や性格、価値観や食の好み等はよく話し合ったものだ。
良き友人としての付き合いを続けており、この先に進む…ということは考えていない。
最も、考えないようにしているといった方が正しいのだが。
バトーは今日も職場に着くとタチコマ達の顔を見て周り、要請がない限り筋トレをしていようとトレーニンググッズを吟味していた。
明日は非番の為、名無しさんのところに顔を出しに行こう、そう考えながら。
「最近随分楽しそうね、何かあったの?」
気配もなくバトーの背後に立っていたのは素子。
この声の主はいつだって神出鬼没で何処にいるのか予測のつかない人物だが、それでも長い付き合いだ、この含んだような発言の意図をバトーは瞬時に見抜いた。
「…自分の事は話さねぇくせに人のプライベートには突っ込んでくるのかよ、少佐。」
ピリついた様子で振り返るバトーは、この素子を心から信頼しており仕事面でも強く尊敬している。
だからこそ脳裏には名無しさんとのことを電脳上で覗かれているのではないか、という疑いが芽生えたのだった。
そしてその勘は当たりだったらしい。
「…私もとやかく言いたくはないんだけど、あの子が本当に安全だとは思ってないでしょうね?」
「ったく趣味が悪いぜ…俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ。」
やはり枝をつけられていたらしく、いつから見られていたのかは見当もつかないが、素子のハッキング能力を持ってすれば自分などまだまだ甘いようだ。
バトーは取り掛からんとしていたトレーニングを急遽中止し、脱いだ上着を羽織り直す。
あの子、とは勿論名無しさんの事だろう。
「少佐は、アイツが俺をハニートラップにでもかけようとしてるんじゃないかと思ってんのかい?それとも何かの陰謀があって9課を狙ってる…とかか?」
「どっちも捨て切れないわね。」
正直バトーはあまり人に好かれるタイプではない。
極端に全身をサイボーグ化している事も関係しているが、人懐っこい性格でもない為付き合える人間はかなり限られてくる。
それは男だろうと女だろうと同じことで、素子は緩やかなスピードではあるがバトーの懐に潜ってきている名無しさんを警戒していた。
ましてやそれがハッカーともなれば尚更だ。
「私個人としては、守るものなんて少ない方が良いに決まってると思ってるわ…愛とか恋ってものを否定するつもりはないけど、それは必ずお前について回るということを忘れるなよ。」
「…警告どうも。」
これが一般的な職場の上司からの忠告であるならばまだ、名無しさんはいい奴なんだと弁護することができるが、いかんせんここは警察署の特殊部隊内オフィスで素子は上官だ。
バトーも自分の立場や名無しさんとの関係が普通ではないことを理解していた。
多くは語らない素子の去っていく背中を見届け、小さく舌打ちをする。
「あーあ…ケリつけろってか…」
どうやらこのなぁなぁな関係にケジメをつけなくてはいけないらしい。
バトーは電脳ネットを開き、名無しさんに明日会いに行くことを伝えると、素子を追うような形で自身のトレーニングルームを後にした。