攻殻機動隊
□防塞はカッコーの巣
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経営する花屋の客によって引き起こされたテロリズムから一週間が過ぎ、名無しさんは事件時に知り合ったバトーのことをぼんやりと考えながら、今日も愛しい花達に水を与えていた。
あれから連絡先を互いに交換したが、バトーからのアクションは一向にない。
自分からメッセージを送るべきかとも思ったが、誰かを好きになったことも、交際すらもしたことがない名無しさんは次のステップをどう踏むのか分からないでいたのだ。
そればかりか、バトーと親しくなりたい一心で熱烈すぎるアプローチをしてしまったことを今更ながら恥ずかしく思っており、時折思い出しては赤面し呻いてしまう。
しかしその度にバトーに言われた「大きく構えろ」という言葉を思い出しては自分を奮い立たせた。
よく本や映画といった世界の中で、恋に落ちた瞬間は雷に打たれたようだとか時が止まって感じると比喩されるが、もしそれが事実だとしたらこれは恋なのだろう。
だったら振り向いてもらえるよう努力をしなくては、それこそ大きく構えて堂々と。
うんうんと頷きながら水やりを終えるため水道の蛇口を捻り、花を店頭へと並べる。
あの事件から一日で店は再開したものの、やはり野次馬やマスコミが執拗に店を張っていた。
一週間してそれが落ち着き、客足も戻ってきた為ここのところは普段よりも忙しい。
名無しさんの店は近所でも評判の花屋で、花の質はもちろん店の外観や雰囲気もアンティーク調に統一しこだわっている。
一人で経営できる程の小さな店だが市民に親しまれ愛されているのだ。
一時は店の将来を心配したが常連客の助けもありこうしてまた穏やかな日常が戻ってきた。
名無しさんは笑顔で店にいた最後の客を見送ると時計を見やり、時刻が16時を回っていることに気づく。
今日は特に忙しない一日だったため昼食すらもとっていない。
店は18時まで、少し早い夕食を買ってきて手早く食べてしおうかと悩んでいた時だった。
「よぉ、花屋さん?」
低く通る声が背後から聞こえれば、ここ最近の思考を独占していた男の姿がすぐ様脳内を駆け巡る。
振り向けばそこにはやはりバトー、入口のドア淵に背中を預けるような格好で立っていた。
「バトーさん…!来てくれたんですね。」
「あぁ…変わりねぇか?」
この一週間強がどれだけ長く感じたことか、もう会えないのではという焦りに支配されていたがそんな気持ちもどこかへ消えてしまう。
「えぇお陰さまで…お客様にもお力添えを頂いてこうして今まで通り営業できています。バトーさんはいかがでしたか?」
「ん、そうか安心したぜ。俺はそうだな…まぁ忙しかった、連絡もできずに悪かったな。」
片方の口角だけを上げ笑うその顔を見ると、名無しさんの胸は嫌われていなかったという安心感に包まれていった。
「もう…会えないかと思いました。」
「いじらしいこと言うなよ、むしろアンタから連絡が来るもんかと思ってたんだぜ。」
「お仕事のお邪魔になったらとか色々考えてしまって…これからは常識の範囲内で連絡します…してもいいですか?」
体を僅かによじりながらそんな奥ゆかしいことを言ってくる名無しさんに、バトーは内心可愛いと思ってしまう。
正直に言えばバトー自身、名無しさんから連絡が来ないことが気がかりで仕事中ふと思い出すことさえあったが、忙しかったこともまた事実だった。
性格上、駆け引きやハッキリしないことが得意ではない為こうして店を訪れてみたが正解だったらしい。
バトーは随分低い位置にある名無しさんの頭を数回撫で、驚いて顔を上げた彼女に「いつでも連絡しろ」と伝えた。