導体

□君の目が見たいんだ
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そのゴーグルを外した姿を見たことがなかった。濃い紫のような青のような硝子と檸檬好きなくせに橙色の縁取りの向こうにある瞳は確実に堅気とは言えない冷たいものだったが、妾は嫌いじゃなかった。
けれど、外で会う時はおろか、家にいる時も、行為の際も、果ては眠っているときだって一度も外そうとしない。
一度無理やり奪おうとしたが、ごめんなさいを連呼しながら全力で逃げられ、あと一歩踏み込めば檸檬爆弾を使って自爆(することはないのだが)するところまで距離を取られてしまった。
久しぶりにかぶった休日。マフィアなんぞに休日の概念があることが不思議だが、今日の梶井はいつもの白衣もボロボロの服も身につけず、妾のとなりで本を読んでいる。…空気中の物質を変化させ、爆発物に変える方法なんて中々に冗談を言えない本を読んでいるものだ。
しかし、そして、いつも通りゴーグルはつけたままだった。
「……梶井は、なんでゴーグルを取らないんだい?」
「っ?!?!?!」
「もう奪ったりしないよ。只、聞いたことがないな、って思っただけだ」
二人掛けのソファにそもそももう幅はないのに、そのでかい体をちぢこませる姿は幾らか笑えるものだった。
けれど、本人は妾の質問をまじめに受け取ったようだ。元々まじめだったな、この男は。
「…君は、僕の瞳を詰めたいと思ったことはあるかい?」
「正直に言えば、あるねぇ」
「だろう?どうやら、僕にはポートマフィアの中でも輪をかけて瞳に感情が映らないらしくてね」
そんなことはないだろう、と言いかけた言葉をグッと飲みこんだ。初めて会った日も、忙しなく動くその瞳を見て、半分見えない梶井の顔のことをしっかりと認識したのだから。
瞳孔が開いたり、閉じたり、嬉しくて細めたり、驚き見開いたり、痛みうめいたり、泣いたり、本当に忙しなく動く瞳なのに。
「むかし、部下に怖がられてね。よくそんな顔で人が殺せますね、ってね」
本当につらそうな顔をするのだ。今だって眉間にしわを寄せて、必死で落ちそうな涙をこらえる仕草を見せているじゃないか。
「以来、なるべく見えないようにこうして隠してるんだ。口だけでも笑っていれば、ばれないものだよ」
まー、安全上の問題もあるけどねー!!なんて笑い始める彼とあいた距離を詰めた。
そんな顔をしないでくれ。妾は、怖いなんて絶対に言わないから。
冷たい瞳なのに、確かに温度があるのだ。
「怖くない」
「与謝野…」
「怖くない、妾は好きなんだ、その瞳。綺麗だし、忙しく動いてるし、もっと見たい」
「君に嫌われたくないってわかる?」
「悪趣味だ」
「前にも聞いた」
「外して、おくれよ。ちゃんと目を見て話したい」
ゴーグルに手をかけても、前のように抵抗されることはなかった。取り払えば、鋭い眼光が、こちらを見る。
不思議な色だった。緑と紫と茶色がごちゃまぜになって彼だけの色を作り出しているような。
「綺麗だね。あんたには勿体なくらいだ」
「それ褒めてる?貶してる?」
「勿論、褒めてるさ」
「本当かなぁ??」
「文句でもあるのかい」
「別に。ただ、ゴーグルなしで君のことを見るのは初めてだな、と思って」
「あぁ」
外したことがないから当たり前なのだが、じろじろと見られるのは居心地が悪かった。
「やっぱり綺麗。でも想像以上に肌白いな、ちゃんと陽、浴びてるの?」
「梶井よりましさ。あんた自分の不健康さ分かってるかい?」
「ごもっともだ」
手に持っていたゴーグルを、出来ごころでつけてみる。硝子で歪み、濃い色のついた世界は、くらくらするほど寂しかった。
そのゴーグルを、梶井の手で払われる。付けるのではなく、机の上に放り出した。近かった距離がさらに縮まって、大した理由もなく、口づけを交わす。
何にも拒まれない、0の距離が、妾の心にはちょうど良かった。

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