導体

□朝日が眩しいお話
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「おはよう」
「おはようございま…、与謝野女史、その花は…?」
「朝から見たくない顔に会ったんだよ」
その日、与謝野さんは少しだけ遅れて出勤してきた。しかも両手いっぱいに花束を抱えて。
多少の返り血と、心底嫌そうな顔から会ったという顔を記憶の引き出しから引きずり出して脳内の仏壇らしきところにでも添えておく。彼なりの勇気を見習ってか、それがちゃんと受け取られているだけいい方だろう。
紅い菊の花は、優しい彩りを彼女の質素な服装に加えていた。
「与謝野さーん?」
「あぁ、おはよう乱歩さん。どうしたんだい?駄菓子なら棚の中にあるはずだよ」
「違う」
「じゃあ新聞?それなら今太宰が全部持ってるさ」
「違うってば」
「じゃあなんだってんだい」
「その花の花言葉ちゃんと調べた方がいいよ」
「へ?」
「それだけ」
焦ってさらに言葉を続けようとする与謝野さんから目をそらすように帽子を目深にかぶりなおしてソファに沈んだ。
数時間後、目が覚めたころに医務室の方からガタガタと音が聞こえたから、ちゃんと意味には気づいたのだろう。

あれから一週間に一度、与謝野さんは探偵社に花束を抱えてやってくるようになった。
季節も違う花をあんなに大量に用意できるというのは流石に流通経路が違うというところだろう。
黄色のゼラニウム。
白いバラ。
紅いアネモネ。
紫色のチューリップ。
白いつつじ。
青いヒヤシンス。
桃の花。
色とりどりのラナンキュラス。
最初の頃こそ紅い菊の花を貰った日のように返り血を浴びて出勤していたが、最近では大人しく受け取っているようだ。
その一週間に一度が、最近無性に腹立たしい。
僕は世界一の名探偵だ。周りはバカばっかり、僕がいなきゃ何も出来ない赤子ばかりなはずなのに、彼女の気持ちだけは分からない。
花束をくれる彼に対する感情が、温かい、とだけしか分からず、本当に腹立たしい。
僕に分からないことなんてないはずなのだ。
「で、私に聞きに来たと」
「福沢さんなら知っててもおかしくないな、って思っただけ」
「…そうか」
福沢さんは難しそうな顔をして黙り込んでしまった。答えが出ているのなら早く口にしてほしい。
「…乱歩、最近与謝野のことを見ていてどう思う」
「どうって別に…。いつも通りだよ」
「ではそのいつも通りを教えてくれ」
「…?与謝野さんは与謝野さんでしょ。いつも優しくて、強くて、僕ほどじゃないにしてもそこらへんの馬鹿よりかは少しだけ頭がよくて、可愛くて綺麗で、笑った顔が眩しくて、あぁお菓子を一緒に食べてるときとか最高だよね。いっつも美味しいもん。それに国木田ばりの理想主義者。みんなみんな救おうとするんだもん。けどそれもかっこいいよね。あとは―」
「もういい」
「福沢さんが聞いてきたくせに」
「気づかんのか」
「何に」
「お前が与謝野に対して思っていることに」
「気づくも何も、僕は与謝野さんのことが好きなだ、け………………」
狂いながらも必死に動こうとしていた歯車が綺麗にはめ込まれた時のような気分が全身を包んだ。
福沢さんと話していた内容が飛んでいき、自分が言った言葉を再三オウムのように繰り返した。
「与謝野さんのことを僕が、好き…好き、好きか、そっか…」
「乱歩?」
「そっかそっか!!!僕が与謝野さんのことが好きなんだ!!!!!」
こうしちゃいられないと、立ち上がる。やらなきゃいけないことが山積みだ。今の時間はきっと賢治が暇してるはず。
「ありがとう福沢さん!!!僕はやらなきゃいけないことができたからもう行くね!」
「おい、」
「結果の報告楽しみにしといてよ!!!」
社長室を飛び出して、事務室を通り抜けて、調査員室に入る。視界の端にとらえた与謝野さんの姿と持っていた花瓶の花を見て、激しく心臓が高鳴った。

あれから一週間。
僕は早起きをして、花束の彼に会いに向かっていた。
「きみも早起きなんだね」
「お前は…」
「顔をちゃんと合わせるのは初めてかな?話は聞いてるよ、梶井基次郎」
「探偵社のブレインに覚えていただけてるとは光栄の限りだな!江戸川乱歩」
ぼろぼろの白衣に目立つゴーグル、朝から足音がうるさそうな下駄。全身から嫌にならない程度に香る檸檬は彼の所業に関するものか、それとも
「檸檬の花、か」
「ほう、よくご存じで」
「きみの上司から聞いてない?僕は世界一の名探偵だからね。分からないことなんて何一つないよ!!」
「何一つ、ない?」
「そうさ。だから知ってるよ、君が与謝野さんを好いてることはね。まぁ、あれだけ熱烈な愛の言葉を投げられていれば、他の馬鹿でも気づくだろうけど」
「与謝野くんは素晴らしい女性だ。科学では解けないほどにね。だから「だから、今日告白するんだろ?」」
梶井基次郎の顔が貼り付けたような笑いの顔から、一気に冷めた無表情になる。
一般人ならひるむようなイ殺すような視線に流石の僕も冷や汗を流した。ふざけた身なりにふざけた所業。しかし確かにこいつはポートマフィアの人殺しだ。
「それがどうした?」
「させない。与謝野さんに告白するのは僕だからね」
「……世界一の名探偵と会ってもその程度、か」
「なんだって?」
「いやいや!これは失礼!!!だが江戸川乱歩にこう言われれば僕に勝ち目はないな!!」
くるりと背を向けてその場を去っていくそいつのことが上手く追い払えたことに息をついた。
さぁ、本番はここからだ。
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