配線

□気持ちなんてわからない(完結)
4ページ/7ページ

「与謝野女史」
「また来たのかい。アンタも熱心だねぇ」
「其れ程のことをしたのだと自覚してほしいのですが」
「ご生憎様」
「そうですか…」
一週間ほどが過ぎた。
国木田は与謝野の元を毎日決まった時間に訪ねては、少しだけその場で仕事を終わらせる、と言う行動を繰り返している。
要は監視と少しでも何か情報を、と数少ない先輩への心配だ。
「そんなに心配しなくてももうやらないよ」
「ですが」
「妾の異能さえあればスッキリ治ってしまうからね」
「そう言うわけにもいかないでしょう。与謝野女史は探偵社に必要な存在なんですから」
「国木田には必要かい?」
「俺だってしょっちゅう大怪我しますから。それに、貴女は俺の数少ない先輩なのですし…」
「そうかいそうかい」
「女史………?」
口調はいつものそれと変わらない。けれど、国木田はその目から涙がこぼれるのをしっかりと見てしまった。
「乱歩さんは、妾じゃなくてもいいんだ」
「そんなことっ……!!!」
「あるんだよ。頭がよけりゃ、余計なことしなけりゃ、乱歩さんの知らない恋愛感情について教えられりゃ、誰だっていいんだ」
偶々、妾が一番近かっただけで。
そう付け加える彼女は小さく小さく震えている。
医務室という箱の中で震える彼女はなんと寒い場所に放り出されているのだろうか、この部屋には温度がない。彼女の気持ちを受け入れてくれる器もない。
きっと国木田は無我夢中だった。無我夢中で言葉を並べた。
「乱歩さんは、正義の人です。だから、そんなことは、与謝野女史のことだって、きっと分かってくださります、だから、」
「……ははっ……、国木田は不器用だねぇ…」
「俺には、このくらいしか出来ないですから……」
「国木田、そのまま前向いて何も言わないで、ちょっとだけそこにいてくれ」
「へ?あ、はい」
向かい合って座っているところから与謝野が立ち上がって、国木田の胸の中に飛び込む。慌てて支えると、彼の服の肩の辺りが少しずつ濡れていく。
「乱歩さんのことなんか、気づかなきゃよかった……」
「せ、」
「好きになったから、好きに、なったんだ、から、きらいに、なれなくて、好きなんだ、乱歩さんが、耐えられなくて、ごめん、なさい、やだ、」
「………………………っ…」
彼には彼女の顔は見えない。けれど吐かれる行き場のない愛の言葉と彼女の心を追い詰める懺悔に、彼は少しだけ手を伸ばした。
指通りの良い髪を梳いて、赤子をあやす様に与謝野の細い体を抱きしめる。
「(細いとは思っていたが、こんなに細かっただろうか)」
医務室の中は、緩やかに時間が流れていく。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ