配線

□壊れた十字架 2
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銀狼伝説とは。
この世界では誰もが知っているお伽話のような本当のお話だ。
その銀狼と呼ばれる狼男は唯一実在が確認される人外であり、人間からも魔物からも疎まれている。
銀色の毛並みは美しいが、人の返り血に塗れ、満月の夜になると現れるという。
子供達は悪いことをすると銀狼に噛み殺されるよ、なんて常套句で脅されて育つ。
が、教会関係者はそうはいかない。
実在するのだ。銀狼は。
何人もの聖職者が殺されている危険な魔物だった。

「この辺りなはずだよ」
「確かに獣くさい」
数日後、その狼男は根城にしていると言われる周辺に二人は訪れていた。念のために与謝野は武装をし、乱歩の力を十全に使うために夜中に人のいない場所を歩いている。
人の手は入っていないが、人が踏み入れたと取れる獣道は、不気味の一言に尽きるだろう。
「しかしその狼男とやらはどんな奴なんだろうねぇ」
「僕よりも長生きなはずだよ」
「吸血鬼より?」
「記憶の僕が、敬意を払ってる」
「そりゃますます会ってみたい」
「…与謝野さんって案外怖いもの知らずだよね」
「じゃないとエクソシストなんてしてないよ」
吸血鬼は恋慕の感情を抱けない。
乱歩は与謝野に恋愛感情を持つことはないがそれに近い感情を持って接しているつもりである。
彼女の血が、この世に誰よりも香りよく、甘く、美味しかったから。
相性、といえばそれまでだが、本能に従って美しい若い女性ばかりを狙っていた乱歩の中でも与謝野は間違いなく一番美しい者だった。

そんな吸血鬼にとって、大事なものがなくなると、どうなるのだろうか。

「去れ。そうすれば手は出さん」
突如聞こえた声に、二人は足を止める。きょろきょろと辺りを見回す与謝野とは対照的に乱歩は声の方向をじっと見つめた。闇夜の中でも何に照らされることなく、光る鋭い眼光が、その着色料で色付けしたような緑色の目と交わった。
「僕らはきみに用事があって来たんだけど」
「無駄な殺傷はしない主義だ」
「話ぐらい聞いてやってもいいだろう。この人はあんた、がっ…?」
「?!」
舞い散る赤に、乱歩は大きく目を開いた。
「また、やってしまったか」
ドサ、と土の上にものが落ちる音がする。
乱歩のとなりに立っていたはずの与謝野が、倒れた音だった。
肩口から腰にかけて大きく切り裂かれた傷は誰がどうみても一瞬で命を奪うものだった。
もう息をせず、言葉を発さない。
人の死とはどうしてこうも簡単なのだろうか。
「……………い」
「貴様も早く去れ、さもなくb((「許さない!!!」」
鋭い爪と、金剛石よりも硬い腕がぶつかって、いつかのような甲高い音を立てる。
「たとえお前が!僕に名を与えたものだとしても!!!!僕はお前を許さない!!」
「まさか…!!乱歩か……?!」
渾身の力を込めたのにも関わらず、弾き返された攻撃を見つめ直す。
乱歩の頭が導き出したのは勝てない、だ。
「待て。本当に乱歩なのか…?」
「そうだよ!」
「俺のことを覚えて…??」
「もう何年前のことかも知らないけどね」
「何年ではないが…。それより、なんでお前が人間を連れている」
「そんなことはどうだっていい!!!僕の与謝野さんを…!!」
狼男は、息を詰めた。乱歩から放たれる殺気に。そして同じく、勝てないという回答を導き出し、その姿に若い自分が拾った幼い吸血鬼を思い出し、居住まいを正す。
その姿に乱歩も一度睨むのをやめ、話をする体勢になった。
「大きくなったな」
「そんなことよりもいうことがあるでしょ」
「そこの人間を、復活させたいのなら、眷属にすればよいだろう」
「それは……………」
「お前が、大きくなったのに、こういう再会とは思わなかった。済まない」
「っ…」
何もいえなくなった乱歩に背を向けて、狼男が立ち去る。完全に気配が消え、乱歩は与謝野に、与謝野だったものに近づいた。
“眷属にすればよいだろう”
確かに吸血鬼の血を飲めば、人間は永遠の命を手に入れられる。
ただ、神を信じていた彼女を魔物にする勇気が、今の彼には足りなかった。
彼女が死んで、名を与えてくれたものと敵対して、彼の心はボロボロになりそうだ。
「きみは、僕が復活させたらなんて言うかなぁ…」
吸血鬼は生まれて初めて味わう感情に戸惑った。
彼女とともに過ごし、彼女の血を糧に生きていた吸血鬼は、
怖い
そう思ったのだ。
彼女が離れていくことが何より怖い。
そう感じているのだ。
初めは単なる興味で、
ただの餌と飼い主のはずの彼らに関係が少し変わっている。
乱歩が口の中を犬歯で噛み切って、口内を自身の血で満たす。
血の気の引いた彼女の唇と、乱歩の唇が重なった。
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