配線

□気持ちなんてわからない
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「せん、せい…………?」
なんでもない日だ。
本当に、普通の平和な武装探偵社のある日。
与謝野に追加の書類を渡しに来た国木田は医務室の扉を開けた状態で固まらざるを得なかった。
普段なら笑顔でまた仕事か、なんて愚痴りながらも書類を受け取り、キリがよければお茶なんかをご馳走してくれる。はずの与謝野が、綺麗に手入れされてるメスを自分の手首に当て、涙を流す姿など、誰が想像できようか。
「女史!!!」
「っ…?!く、国木田?!?!」
「すぐにそのメスを離してください」
扉を閉め、書類を投げ出して国木田が与謝野に近づく。件の彼女は驚いた顔しているが、メスを離す気は無いのか、震える手はしっかりと凶器を握りしめている。
「与謝野女史、何かあったのだったら、俺たちが相談に乗ります。なので、ともかく手当を、」
「いい、大丈夫」
「駄目に決まってるではないですか!俺が駄目なら社長か乱歩さ((「乱歩さんは駄目だ!!!」」
「乱歩さんは、乱歩さんは、」
「……分かりました。誰にも言いません。ですから…」
「…………………あァ」
やっとのことで与謝野の手を離れたメスを素早く自分のハンケチで隠した国木田は備え付けの救急箱から必要なものを取り出して彼女の手を取る。
手首にはすでに数本の赤い筋が付いており、その下は周りの肌よりも黝ずんだ傷痕が痛々しく残っている。初犯でないことは確定だ。
「どうしたんですか…。こんなに……」
「…………」
「乱歩さんと、何かが?」
「…………………………………言うだろう」
「言いません」
「絶対言う」
「……社長くらいにはご報告するかもしれませんが」
「じゃあ言わない」
「子供ではないでしょう。…………女史?」
「……子供の方が、いい」
赤子のように一度止まったはずの涙をポロポロとまた流し始める与謝野に、国木田は何も言えなくなる。
ガーゼを当てて、包帯を巻きつけた。
救急箱を片付けて、自身のズボンのポケットに手を伸ばすが、その目的のものがメスを隠すことに使われていることを思い出して、不自然に手が宙に浮く。
「…何も聞きません。だから、もう二度としないでください」
「ありがとう、国木田」
「相談程度であれば、いつでも聞きますから」
「それは、できないんだ。すまないねぇ」
いつも通りの声で返答を返されてしまった。何も聞き出せないままに、その場を国木田が去る。
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